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ラテン語奮闘記-1―ドイツの黒い森から 74(びすこ)

あと 1 年ちょっとで 80 歳という年齢になって、新たに言語を学ぶというのは無茶というか無駄というか、限りある晩年の時間と風前の灯火の脳みそをそんなことに費やすなんて、アタマいかれとんのと違うか、と言われても「はあ、お説ごもっとも」と答えるしかないが、その言語というのが現在では死語とされている、全く何の役にもたたないラテン語と聞いたら、ほとんどの人が呆れて二の句が継げないことだろう。


まさにその「何の役にも立たない」という事実がこの言語に私を引き付けたのだった。だってそうでしょう、この年でどうして人さまの、あるいは世間さまの、役立つことをしなければならないの。税金なら十分払ってきたし、親の面倒も人並みに見たし、今は夫の健康に留意することだけが私に遺された義務なのである。


などと息巻いているが、実際はそんな風にあれこれ思索を巡らした挙句にラテン語と決めたわけではなく、例によって我が人生につきものの運任せと偶然の所産でこの言語と取り組むことになったのだった。偶然というのは、あるとき日本で読んでこちらに持ってきているはずの本を探していた時、そのそばに「初級ラテン語入門」(白水社)という薄い教科書を見つけたことである。ずいぶん昔にこれを買ったことを忘れてはいなかったし、また 35 年ほども前にふと、年取って仕事をする必要がなくなったらラテン語を勉強してみたい、と思ったことも覚えている。当時は 40 歳過ぎて独身というのは永久独身と見なされていて、自身もそう思っていた。


実際、53 歳で結婚が決まったとき、同業者の一人が「あら、そう、でもその年齢で結婚しても統計上は未婚のままなのよ」と意地悪満載の表情で教えてくれたものである。結婚したらもう彼女と仕事を共にする必要もなくなるのが嬉しくて、その言葉は聞き流したが、それまでは還暦まで働いたら東京の郊外にマンションを買ってそこでしたいことだけをしてのんびり暮らそう、などと考えていた。当時から既に「無益無用なことをやりたい」という願望はあって、その第一候補がラテン語だったわけだ。この古いヨーロッパの言語が頭の隅にあったのは、社会に出てからずっと外国語に関連した仕事に携わっていたことが大きいが、といってもあくまでも「なんとなく」という程度だった。


こちらで暮らすようになって、せっかくの音楽大国に住みながら音楽の素養が全くないことを情けないとも申し訳ないとも感じていた私だが、オペラのアリアは好きでとくにモーツアルトやヘンデルやバッハの曲を好んで聴くようになった。アベ・ベルム・コルプスとか、ラウダテ・ドミヌムとか。今はネットでこれらの曲の歌詞を知ることもできるようになっており、それらを見て、ドミヌムというのは「主」という意味だが、ドミネということもあるので(クォヴァディス・ドミネ-「主よ、いずこに行きたまうか」のように)これはどういうわけだろう、などと不思議に思っていた。そんなことがあったので、昔買った教科書を見つけたのを機に、この際ちゃんと勉強してみようと決意するに至ったのである。


何の因果か(いや、夫のせいだが)50代にして「アウフヘーベン」とか「エピゴーネン」とか奇妙な哲学用語しか知らないドイツ語なるものと本格的に対峙することになり、やはり年齢の壁は大きくてさっぱりものにならなかったものの、少なくとも新聞記事などはさほど苦労もなしに読めるようになったので、八十路に差し掛かる頃のラテン語も、まったく歯が立たないとか、まるで話にならない、ということはないだろう、と私にしては珍しい楽観的見通しで、しゅっぱーつ!ということになったのが昨年末のこと。


さて「初級ラテン語入門」の著者であるが、有田潤氏( 1922~2011 )は早稲田大学で哲学を学びそのあとアテネフランセを卒業し、とあって、哲学履修ならドイツ語を学んだはずで、アテネフランセにはフランス語でなくラテン語のために通ったと思われる。私も若い頃にフランス語をやりたいと思ってこの学校の要綱を取り寄せたことがあり、当時はおフランスにあこがれる若者が多かったのか、申し込み者が多すぎて入学がかなり大変というのに驚いた。そのときにここではラテン語も教えていることを知ったが、当時はフランス語の代わりにラテン語、という選択肢は考えられなかった。


教科書を開いて直ちに感じたのは、著者は 1922 年生まれ(私の母と同じ)だけあって、えらく古い、というか、保守的というか、正統派というか、ある意味私の年代には違和感を抱かせない教え方ではあるが、これでは昨今の若い学生には敬遠されるだろうということだった。ネットを見ると、今や日本のラテン語界を席巻している感のある講師に山下太郎という人物がいて、この人の教え方は今風に学生に「寄り添う」が如くなので、おそらく数の限られるラテン語学習者の多くはこの先生の弟子になる方を選択するであろう。有田先生は「背中を押す」こともしないし、「心に刺さる」説明もしてくれません。


しかし私は、昔人間で紙に書かれた教えの方に馴染みがあるだけでなく、ちっとも寄り添ってくれなくて「分からんなら、それはそれでしょうがない」式の教え方も嫌いではないので、この有田潤先生に付いていくことにした。


それにしても、よほど頭の良い人なのだろう、並み以下の脳みその持ち主には文法の説明など実に不親切で小難しくて分かりにくい。しかし、頭痛がしてきて一旦中断し、少し間をおいて再読すると、ああ、そういう事か、と分かる場合もあるから、先生の説明が悪いのではなく、当然ながら悪いのは私の頭なのである。


さて、これから始めようというときになって、まだ薔薇の花の複数形( rosa → rosae )くらいしか覚えていない段階で(日本の国語の教科書はサイタ・サイタ・サクラガサイタで始まるが、ラテン語は「薔薇がサイタ」なんです)、私めは雄々しくも何人かの友人に「ラテン語を始めたの」と吹聴してまわった。というのは、これらの友人のほとんどは外国語に係る職業(通訳、翻訳、大学講師など)に従事してきて、特にラテン語の流れを汲むスペイン語とかフランス語、いわゆるローマンス語を専門とする人は若いときにラテン語を齧っているはずなので、参考になる体験話やヒントが得られるのではないかと思ったのである。ところが私が問い合わせた人のほぼ全員が「ええ、確かに始めてはみたんだけれど、途中で挫折してしまったの」とか「頑張って二度挑戦したけどダメだった」という。みんな優秀な人たちばかりだからこれは意外で、そんなに難しいのかとこちらも怯んでしまった。そんな中で、一人だけ最後までやり遂げて単位もとったという人がいて、それはこの辺りの神父様であった。(この辺り、とは曖昧な言い方であるが、昨今は聖職者になろうという人が激減して神父も牧師も足りないので、一人で三つの町村の教会を担当している人も珍しくない。)


私の夫は特に信仰心とてない人でどの宗派にも属していないのだが、この自治体でウィーンの音楽家を招いてコンサートを開く際に、この神父様は四の五の言わずに教会を使わせてくれるなど協力的なので、頼まれれば夫は喜んで寄付しておりこの 7、8 年ほど親しく付き合っている。そりゃ、神父さんならちゃんと最後まで勉強するでしょうよ。ミサのときにはラテン語だし、いわば商売道具だもの。神主さんが祝詞をあげられなければ仕事にならないのと同じ。


スペイン語専門の友人に、「主語がないことが多いので面食らう」とこぼすと、動詞の活用で人称が分かるようになっているのは、スペイン語の場合も同じ。主語は別になくても読める」という。ほら、やっぱり有利なんだ。またフランス語の友人に、「ラテン語の単語はフランス語とよく似ていて、時々そのままのもあるから、楽だったでしょう」と尋ねたら、いやいや、だから逆にこんがらがってしまって、全然違う方が覚えやすいんとちゃう?と言われた。


全然違うというわけではないが、英語やドイツ語などゲルマン系の言葉は文法も語彙もラテン語との類似点が少ない。もっとも書く文章にラテン語の表現を使うとぐっとインテリっぽくなるので、論文や記事に quid pro quo (対価)とか ad hoc)当面の、暫定的な)とか cum grano salis (眉に唾つけて)などの慣用句はよく見かける。私の気に入っているのは mia culpa、私の責任です、とか罪は私にあります、という意味だが、喧嘩したとき「どうせ私が悪いのよ」と居直る代わりに、ミア・クルパ!と叫ぶのもカッコいいなあ、などと考えている。あいにくまだその機会がないが。あ、そうそう、わが雅子皇后はハーバード大学で Magna Cum Laudeという称号を贈られているが、これはラテン語で with Great Praise(最優秀)という意味だそう。たいていの人 は Magnaと聞いたら何かでっかいものと推測できるだろうから(マグナカルタって大憲章のことだし)、現代の日本人にまったくチンプンカンプンの言葉というわけでもないだろう。


ドイツの学校ではラテン語は必須で、今でも大半の中高(ギムナジウム、つまりハイスクール)ではこの死語を習わされる。これはお隣の州バイエルンのデータだが、ドイツ全土 16 州中最も学力の高い同州では、98 %の学校でラテン語が必須、12 %で(古代)ギリシア語の履修が義務付けられているそうな。ラテン語にせよギリシア語にせよ社会に出て有用な言葉ではないし、先進的な科学技術の教育に力を入れている今の世の中で、まだこれらの言語が必修であることに驚いた。ただ、ドイツでもブランデンブルク州とかザクセン州など旧東独のギムナジウムではこれらの古典は教えてないかもしれない。もともと東の州では文系より理系が重視され、外国語と言えば大戦後はロシア語のみで英語もフランス語も「ブルジョワ」の言語として排除されており、彼らが英語を習い始めたのは 1990 年の東西ドイツ統一後である。(だからメルケルさんはプーチンとは会話できるけど、トランプとは話せません。)


今でも必須科目になっているくらいだから、50 年、60 年前には中高生は当然ラテン語を勉強したはずで、来月には 86 歳になる夫に訊くと、「もちろん習ったさ」というのであるが、「厭じゃなかった、こんな言葉を覚えるの?」と尋ねると「厭に決まっているじゃないか、最大限に怠けて成績はいつも 5 (日本なら 1 )だった」という。ドイツには昔も今も落第制度があるので、よくそれで卒業できたものだと思ったら、先生が「こんな子をもう一年教えるなんて耐えられない」と言ってぎりぎり及第点をくれたのだそうだ。当時はメチャお堅かったドイツ人も、自身に係ることとなると結構柔軟だったのですね。夫の方も「学校を出たら祖父さんの遺した土地で百姓をしようと思っていた。羊や馬を相手にラテン語がどんな意味をもつのだ」などと言っていたから、双方の利害が一致したのであろう。


それでどんな教科書を使ったかと言えば、購読はラテン語文学の傑作『ガリア戦記』だという。ラテン語でベロ・ガリコというのですぐ分かったが、しかし戦争はラテン語でベルムのはず。その複数形はベラで、ベロというのは単数形の奪格である。なぜ題名に奪格が使われているのかと訊いてみたら、案の定「知るか!」という答えが返ってきた。だがちょっと調べてその理由はすぐ分かった。原題は De Bello Galico なのである。


Deというのは、~について、という意味の前置詞で、有田先生の教科書によれば「奪格支配の前置詞」であるから、そのあとに来る単語は奪格でなければならない。それで主格ではbellum という中性名詞が bello となるのである。ついでにガリアがガリコとなっているのは、「ガリアの戦争」だから属格(英語では所有格)になってガリコなのだ。ラテン語では固有名詞まで格変化するから参ってしまう。


同じ伝で、モーツアルトのラウダテ・ドミヌム(主を称えよ)の場合も「称えよ」という動詞の直接目的は「主」(ドミヌス)なのでその対格形でドミヌムとなる。それと、クォヴァディス・ドミネのドミネは呼格です。クォヴァディスという言葉を欧州の人は結構好きで、最近よく「クォヴァディス SPD 」と新聞などに書かれているのは、この政党がものすごく不人気でどこの州の選挙でも次々敗れているので、さあ、どうなるか、「 SPD よ、どこへ行くのか」と言われているわけ。でもそこで SPD の「呼格」は使われてないみたいですけど。


先に、ドイツ語などゲルマン系の言語と英語はラテン語との類似点が少ないと述べたが、私がドイツ語を習っておいてよかったと思ったのは、この『格変化』なるものに抵抗がないからで、ラテン語にある奪格や呼格はないのだが、ドイツ語にも主格、属格、対格(直接目的)、与格(関節目的)があるので、格変化自体には馴染んでいた。また後に来る単語の性と格次第で形容詞が変化するのもラテン語を参考にしたと思われるドイツ語の特徴だが、フランス語にはそれがないので理解不能らしく、むかし語学学校で机を並べてドイツ語を学んだフランス人の坊ちゃんジュリアンは、試験で「括弧の中に形容詞の正しい形を入れよ」という問題が出ると、自分の母親より年上の私にそばにすり寄ってきてカンニングするのだった。(多分そのお礼なのだろう、コースが終わったとき、主人公が同じジュリアンという名の「赤と黒」の古本を私にくれた。)


それにしても、ギムナジウムで何年間かラテン語を習ったという夫が、格変化など完全に忘れているのには呆れて物がいえない。たしかに、これでは暗記を強いられる授業など時間の無駄そのものかもしれない。しかし、ジェームス・ヒルトンの「チップス先生さようなら」の中で、ラテン語とギリシア語を教えるチップス先生も「学校は成果ばかりを求める工場ではない」と言っているではないか。そうだ、前途多難ではあるが、チップス先生の言葉を励みに私も成果や効用に捉われることなく頑張ろう。

(続く)


前にお約束したラテン語に関するブログをお送りしています。4月になってからと思っていたのですが、早速 LINE で宣伝してくださったため、そういつまでもぐずぐずしている訳に行かず、この週末に慌ただしく書きました。皆さん、LINE でいつでもどこでも目が覚めている限りチャットできるので、従来の PC でのブログなど既に時代遅れの感がありますが、文を書くということはやはり衰えた脳みそへの刺激になるので、これもまた「人のためならず」で書いてみました。第二弾はもう少し進歩してからで、こっちは本当に四月上旬のイースター休暇のあとになりそうです。

テキストだけでは色気がないので、猫の写真を添付します。


スイスの村の猫
スイスの村の猫


 
 
 

1件のコメント


大村繁
1日前

朝から繋いでるのに、スマホの反応が悪くてというか、とにかくどこかの反応が悪くて、やっと今プールから戻って見られました…あぁ面白かった…


ラテン語と言えば赤と黒に出てくるジュリアンが学のあるところを吹かせるのに良家の子女にラテン語で聖書教えるなんてくだりがあったような気がします、社会にのし上がっていく有力な手段だったことがわかりますから、いまだにラテン語がなんとなくは引用されるのはそれなりの効用があるからでしょうね。びすこさんのコメントでウラ/裏が取れました。英語の本、ビジネス書?にもたまに出てきますもんね、そういえばラテン語、、バイスバーサ、デファクト、、Vice versa de factoなんて普通に出てきますもんね


ミア クルパ どうせ私が悪いのよ/ワタシクルクルパー?もう最高ですね❣️


ありがとうございました…おかげさまでびすこさんの面白くてためになる長文に比べれば、LINEにこれから載せる僕の宣伝は多分ほんのメモ位に感じられるでしょうから、、載せるかどうか迷ってましたけど…これからグループLINEに載せる決心がつきました^_^


続編も楽しみ…よろしくお願いします😉

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