風信 沼のほとりから 第70号 令和七年十二月 師走クレマチス2025年12月25日読了時間: 1分「冬至も過ぎて年の瀬も残り僅か。老残の歳月の迅速に驚いています。妹さんの御逝去深く哀悼申し上げます。さて、「沼のほとりから」十二月号を別紙ファイルで送ります。お手数ながら宜しくお願いいたします。」
※お日様の復路を祝し柚子湯かな
何万回も繰り返されてきた太陽の運行をこんなふうに眺められるご心境に柚子の香りがぴったり
※晩菊にわが老い先を見る思ひ
しっかりと見届けたいお気持ちが花の見終わりと重なって菊はどこまでもしとやか
※沼縹渺と夕日あかあか地の果てに
沼の暮れゆく薄闇の広がりの中、夕日の光芒にまるごと身を包まれる一瞬は永遠
※冬ざれや沼の大橋伽藍めく
冬ざれの寂寥はいっそ清涼感を感じます。それでこそ沼にかかる大橋は大伽藍にも見えましょう
※ 蝋梅や枯葉のあとの花莟
花弁がしおれても残るところだなと見当をつけて、、枯れていく姿さえ見守りたいお気持ちに同感したいです
※蘆の沼冬天高く月冴える
冬空の月、地球が空中に投げた地球の形見に手付かずの地球の記憶が残っているのかなぁ、、なんて無理してかっこつけてみました。冬の月、寒くても我慢してつい見とれてしまいます
70号!おめでとうございます、いつも幸せのおすそ分けありがとうございます。良いお年を。
そうですね、ドイツ時間で21日の午後4時過ぎが冬至でした。私にとってはクリスマスより、そのことに意義があります。暗く長い冬も、これから徐々に、ほんの少しづつですが、明るくなっていくという嬉しさは、北緯47度の地に済めばこそ。わが郷里は北緯33度、カサブランカと同じ緯度ですから。(クリスマスマーケットも樅の樹を飾る習慣も、この北緯47度の地方で生まれたという説があります。こんなに陰鬱な冬を何とか明るく乗り越えるために考案されたのでしょう。冬至の時期とクリスマスが近いのも歴史的根拠は何もなく、一番長い夜が終わったことへの人々の喜びを発散させるための「発明」だったかもしれません。)
日本の経済力は世界4位というので、新聞などでは危機感を煽るような記事もありますが、ナニ、これはかなりの部分1ユーロ=180円という円安のためでしょう。私がこちらに来た頃は1ユーロ=120円でしたから、円の価値は四半世紀で50%も下がったことになります。おかげで日本に持ち帰るために銀行でユーロを円に換金するときは「ホクホク(品の無い表現ですみません)」、そのうち昔のような円高になれば経済力のランクも違って来るのでは。(昔、ごく小さな貿易会社の経営を任されていた時期があったのですが、当時(1995年)はドル建ての輸入が多くて1ドル83円という為替率に大いに救われたものです。野暮なお金の話なんかして申し訳ありませんが、いずれにしろ為替というものがある種の化け物であることは身に沁みています。)
私は苦学生ではありませんでしたが、団塊の世代にとっては大学入学は人生の重要なマイルストーン、若者の数が多すぎて大学側はよりどりみどり、学費も取り放題。自分の母校も含めて生徒への態度は傲慢そのものでした。今でも当時の学生課の態度を思い出すと怒りがこみ上げるので、最近の大学の苦境にはちょっとばかりシャーデンフロイデ(ふん、いい気味という気持ち)を感じています。