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風信 沼のほとりから 第63号 令和七年 水無月

「昔は梅雨を黴雨とも書いて雨季特有の陰湿さを語感させたこともあったがその場合梅雨は限りなくそぼ降る細雨のイメージだった。だが今や篠突くどころか大地を押し流す勢いの豪雨が集中して降る。地球温暖化のあらわれの一つとしても従来の季節感が成り立たない戸惑いに茫然となります。さてこの異常な雨季にいかがお過ごしですか。昨日は豪雨のなか松戸の大学へ赴き源氏物語講義を受講しました。昨日で今期終了し新秋の次期開講を待つばかり。なにやら一仕事終えた気持ちでいます。」

 
 
 

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hm221002
2日前

おっしゃるように世界の情勢は時々刻々変化しています。ですがこれは何も昨日今日の現象ではなく、千年・二千年前から世の中はこのように変化してきたのだと思います。ただ、今ほど東西南北の行き来は見られず、報道伝達の手段もなかった上に、科学技術の進歩も遅々たるものだったためこの世の全体がのんびりと動いているように見えただけではないでしょうか。


先日のこちらでのネット記事に「最後の審判の日を警告するような報道はもうたくさん」という題の小文を見て、まったくその通りだと思いました。そのライターは60年代の生まれ(偶然同じドイツ南西部の出身)で、自分の若い頃にあたかもこの世の終わりの予告のごとく報道されたエイズや酸性雨や原発は今はどうなったのかと書いていましたが、エイズは完治はしないものの薬によって相当な延命が可能になっているし、酸性雨の話は(フランスからの雨で)森林への影響が多大であるはずのシュヴァルツヴァルトでも全く耳にしなくなりました。


世界平和・人類救済とやらをモットーにおそらくノーベル賞平和賞狙いで移民歓迎と原発廃止を強行したメルケルのお陰で、目下のドイツは犯罪急増と社会不安と経済縮小に苦しんでいます。足りない電力を、西はフランス・ベルギー、東はチェコという原発大国から輸入して、どうしてドイツが「核のないクリーンな国」と威張れるのか。(いずれ原発は段階的に元に戻されるでしょう。私としては一日も早く核融合の技術が商用に供されることを願うばかりです。)


こちらの数日前の大ニュースは、「Compact」という極右系の雑誌が前内務大臣によって発禁になっていたのが、裁判所の判断で最終的に発禁解除されたという報道でした。その発禁を決めた社会民主党のフェーザー大臣は、さらに雑誌の発行人の逮捕という手段にまで出ました。


雑誌には確かに保守主義的すぎて時代がかっていたり、ときには人種差別的な記事もあるし、あまりに激烈な内容もありますが、それはドイツ社会全体に危害を及ぼすようなものではなく、この程度なら極右でも極左でも意見を述べる自由は誰にもある、それよりも憲法に定められた言論の自由が固守されなければならない、というのが判決理由です。内務大臣の地位にありながら憲法を無視したフェーザー女史は「反ファシズム」を唱える一方で、発禁処分とか自分の意に染まぬ出版業者の逮捕という、ヒットラーまがいの「焚書」をやってのけたわけです。


もし政権が変わっていなければこの大臣は辞職を迫られたことでしょう。


普段は左派系の論調で知られるt-onlineはこう書いていました。

「政治家の成功・失敗の判断は往々にして歴史を待たねばならず、その判断は当の政治家が担当の職務を離れてしまって後に下されることになる。ゲアハルト・シュレーダーのアジェンダ(Agenda 21)が肯定的な評価を受けたときは遅すぎた。彼はその政策で首相職を失っていた。彼の後任者アンゲラ・メルケルの政治による長期的打撃は、今ようやく明らかになりつつある。」


メルケルに目の仇にされ宿敵として一時は政界から追放されたメルツ現首相の喫緊の任務は、これら負の遺産を一日も早く処理することでしょう。


さて、固い話になりましたので、ここで穏やかな俳句の世界へ。


うっとうしい梅雨が明けるまでにまだしばらくかかるでしょうが(特に関東から東北にかけては)、からりと晴れた水無月のドイツに住んでいると、意外にもあの連日の雨や湿気が懐かしく思われることがあります。卯の花といい、紫陽花といい。月下美人の季節も今頃でしたか。


ヤモリといえば日本の我が家にはここ数年来小さな白いヤモリが出入りしていて、爬虫類・両生類が何より恐ろしい私も、その白ヤモリが窓の隙間からするりと入ってくる可愛らしさに微笑させられます。昔のこの時期の暮らしを思い出して・・・


・半夏生サンダルの黴落としゐる

・つゆ晴れ間蘇鉄の葉先に手巾干す


へぼ俳句のあとは、お口直しに私の好きな梅雨の句を


・杜若濡れ鼠の子叱り抱き 茅舎

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大村繁
2日前

※葭切のさざめく河原日は中天


さて、熱気はこれからとヨシキリもたぶん呼応し合っているのだと思います、僕も現場に立っているような気分です


※沼一面雨に霞みて実梅かな


雨にけぶる沼をうしろに控えて固くしまった梅の実が浮かび奥行きが広がります


※卯の花や帰郷の娘にも今は孫


連綿と続く時の流れの昨日、今日、明日のお顔が勢ぞろい、明日を共に寿がずにいられましょうか


※ひと夜のみ定めの幻化月下美人


幻化のような一夜の開花、一瞬だからこそ、目に焼きつく


※良き男死に花も良し梅雨に入る


しめやかに記憶に残るいい男っぷり、何をか言わんや


※裏窓に家守貼りつき夜の帳


身は細くとも、家守の名を奉じられたからには邪気通すまじ、、家守どのきみも一員我が家夏


月末の夏の調べや沼だより、、クレマチスさんがそれとなく東四つ木の皆さんに使っていただいている家の名称を人口に膾炙させてくださった「四つ木御殿」で荷物を待っている間、1階の風が通り抜ける部屋で春硯さんのお便りを今月もたっぷり楽しませていただきました。ありがとうございます♪

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