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風信 沼のほとりから 第58号 令和六年師走

執筆者の写真: クレマチスクレマチス

「年の瀬になって訃報頻々人生の夕日を眺める思いでいます。バイト強盗の手を待つまでもなくわが寿命の残り僅かとの存念が自ずと心裡を往来。「沼のほとりから」もはや五年目を迎えます。稚拙かつ独善的な風信を長くブログにアップしてくれた兄や大村さんはじめ読者の方々の温情にはお礼の申しようもありません。卒寿二年目の老頭児の存命の証しをもうしばらく高覧いただければと心から願って」


今年の締めくくりの句帖も味わい深いものばかりで、時が止まったように字句をたどって鑑賞しました。以下に気になった季語などを調べてメモしました。

「鳰」は水に入る鳥の意でカイツブリ科の水鳥、水草で巣をつくる。

「臘梅」はクスノキ目ロウバイ科、陰暦の12月にあたる朧月に外側が淡黄色で内側が暗紫色のウメに似た香りの花を咲かせる。

「返り花」は本来春に咲く花が小春日和に狂い咲いたもの。「あなにやし(阿那迩夜志)」は古事記由来の古語。イザナギとイザナミが互いの美をとなえ、交わって国生みに至る場面にあらわれる。雨の少なかった今年の首都圏の秋で1日だけ本降りになった日の翌朝の感動をこんなに艶めかしく巧みに表現されていることに俳句の凄さをおしえられました。


 
 
 

2 Comments


hm221002
Dec 24, 2024

戦争の影-今日フライブルクのキオスクで買った雑誌Foreign AffairsにThe Return of Total Warという記事がありました。もはや地域紛争では済まない、全面戦争の時代に戻ってしまうのか。

 

鉄のカーテンが取り除かれて「歴史の終わり」などという題の本が飛ぶように売れた時代が、僅か30数年後の今では噓のように思えます。デモクラシーと平等主義とを絶対視した欧米諸国の政府・ジャーナリズム・庶民の有頂天ぶりと無邪気さと尊大さに、21世紀に入ってドイツに住み始めた豎子なる私すら危惧の念を抱いたことが度々でした。とにかく・・・西洋の人々は傲慢なのです。人類のための偉大なる文明を生み育んだ地なのに。これが神との決別と啓蒙主義の結果なのでしょうか。

 

若い頃、ある哲学者の本に「内省と献身」という言葉を見て、これこそを自らの座右の銘にせねばと思った私ですが、ヨーロッパのどこにも、この哲学者の国においてすら、この二つの言葉の率先を目にしたことがありません。ロシアと中国とイランだけが悪者なのではない。

 

今年も残るところ1週間足らずとなりました。来年のカレンダーを横に置いて、「初暦 知らぬ月日は美しく」という吉屋信子の句を思い出し、「知らぬ月日の恐ろしく」と言い換えたいような気持ちです。

 

最近の散歩で浮かんだ当方の駄句。

・飛ぶ鳥の影足もとに冬木立

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Unknown member
Dec 23, 2024

※冬銀河夜明けの沼に薄れゆく 宮沢賢治を思い出してしまいますね…微粒子となって吸い込まれたい、、体を冷やしてはいけませんのでまた明日の晩、銀河は昼間見えなくてもそこにあるのに見えない、宮沢賢治はどう思っただろうなんて呑気なことを考えてしまいました。 ※臘梅や黄葉のなかに花ひらく 輝きを競っているような風景がにぎにぎしいですね、ほっとします。 ※行く秋や異郷の愁ひよみがへる ふるさとは遠きにありて思ふもの、そして悲しくうたふもの、、か、、故郷は下町葛飾しか知らない僕は幸せなんだろうか、、ちょっと複雑です。わが母は多分生まれ故郷は忘れたいと思ったと思う。 ※沼暮れて塒に急ぐ鳰一羽 門限があるのでしょうね、きっと、、ちゃんとたどり着くかなとちょっと心配、。 ※返り花雨に濯がれななにやし (美哉) 春を思い出したように咲く花が返り花なら、少し熱を冷ましてやれと雨がすすぐその風情、まるで睦み合っているようですね、美哉。 ※本伏せていつか炬燵に夢うつつ こたつでまどろむ…伏せたページも、春硯さんにお付き合いですね…こたつで丸くなる猫の気分と申し上げては失礼でしょうか? 今回もおかげさまで気分がすっかり落ち着きました、よい年の暮れの朝になりました、ありがとうございました。

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