「お元気ですか。昨日東北地方の梅雨入りが報じられましたが、関東地方は・・・今日は梅雨の気配皆無の上天気です。・・・けっこう雨は降り草木の勢いはよく、異常気象の被害が今のところ見当たらないので安心です。わが狭庭のクレマチスは散り紫陽花が七変化を演じています。ブルーベリーの未熟な果実も葉蔭で徐々に育ってきています。日本古来のグレープフルーツという大きな河内晩柑を食べて美味さに陶然となりました。そういえば土佐にも巨大な果実の梨があり学生の頃に高知出身の下宿仲間から恵まれて食べた記憶があります。大兄やびすこさんには見慣れたものかも。・・・」
土佐を代表する柑橘類は文旦と小夏ですが、梨は新高です。小夏はびすこさんの実家の安芸地方が名産地で、ジューシーフルーツや河内晩柑に近いですが、もっと香り高く繊細で私の母の好物でした。遠い過去の記憶ですが、高知市内の火曜市や日曜市で手に入れて丁寧に皮を剥いておしゃべりしながら食べていたのを覚えています。
「愛想よき・・・」おなじみのインコの鳥籠と初夏の縁側で夕涼みでしょうか。端居(はしい)というイメージ豊かな季語の使い方を教えられました。
はい、文旦と小夏は我が故郷の産品です。文旦はちょっと「たすい(ゆるい)」味なので子供のころから余り食べず、小夏はしっかりした酸味・甘みと香りが好きで一人で黙々と食べたものでした。
初夏になるとこれらの柑橘類や最近人気のある熱帯フルーツを都会の知り合いに送るのですが、その大きな理由は栽培農家の支援です。母の女学生時代の仲良しが嫁いだ農家の長男が今73歳、40代後半のその息子を煩く鼓舞しつつ、いろんなアイデアを次々に実現しています。彼のお姉さんが私の幼馴染み、その夫君が私(と言うことはクレマチスさんも)の高校の先輩。縁の深い一家です。
ブラジルへの移民、その苦労を思うともう想像するに余りあって胸が熱くなります。農業県であるわが郷里からも50年代に南米に移住した家族があり、その多くはパラグアイが行き先でした。少し年上の男の子が校庭で友達にさよならの挨拶をしていた姿を今も覚えています。
1978年がブラジル移民開始の70周年に当たり、私の父も仕事の関係でその記念行事参加を兼ねて南米を訪問し、その折りにパラグアイにも足を伸ばしました。かつての郷里の仲間の安定した暮らしぶりに安堵したとのことでした。
移民の話を聞くたび思い出す短歌があります。確か歌会始めに選ばれた作品だったと記憶しており、もうだいぶ前のことなので、細部に間違いがあるかもしれませんが。
・この波の果てに麗しき故国ありと孫に語りて齢重ねぬ
(その年の題は「波」だったと思います。)
さて、今回も麗しき数々の句をありがとうございます。今の暦でいえば六月の雨である五月雨の句を拝見して、私も一つ。梅雨時の記憶の中からの句です。
・五月雨が連なりてゆく鎖樋
鎖樋?と首を傾げる方はいないでしょうが、念のために写真を。
そう、日本では石榴の花咲く季節になりましたね。
・子らはいま法会の帰郷花石榴
土塀の上から石榴の花が覗く家で、法事の行事があったときに浮かんだ句です。
私の方はブログをちと怠けておりますが、このところ政治経済関係の洋書(西洋書)に何冊か取り組んでおりまして、老化への最後のあがきのようなもの。これが結構疲れるのでよく眠れるのはいいのですが、書く方がおろそかになっています。もっともフォーラムでの大村さんとのやり取りで言いたいことは発散しておりますが。
小糠雨器量いや増す七変化 小糠雨の中の七変化がこんなにも愛されていること自体が誇らしい。水も滴るいい女をあけすけに言い募っては興ざめですよね 春硯さんにこのように詠まれてこそドキドキ感が伝わって参ります 沼は今五月雨しとど橋霞む 晴天に明らかななじみのあの橋も今はたっぷりの五月雨で霞んで見える、その季節感に静かにしたっていらっしゃる 花柘榴咲いて我が家に夏来たる ざくろと聞けば…その実は静物画のモチーフになる位の印象が僕にはあります、、今ネットで調べて知る、花弁の赤が、小ぶりのハイビスカスに似ている…夏の花ですね 長雨やシュールな愁ひ額の花 愁いを秘めた額の花、愁い顔が必ずしも憂いに直結するわけではない、深い思惑を忍ばせて瑞々しい 梅雨晴や釣竿並ぶ濁り川 梅雨の晴れ間、降り続く雨に川中をかき回された魚どもと釣り人の会話…釣りをしない僕にもその気持ちはこの句から感じ取れました 愛想よき鳥籠吊るし端居かな 籠の鳥と眺めているものは同じ、平安な気持ちもまた同じ、とても好い風景です 心待ちにしていた風信に感想を述べていたら窓の外が明るくなっていました。おかげさまで気持ちの好い夏の目覚めです、いつもありがとうございます♪