風信 沼のほとりから 第44号 神無月
- クレマチス
- 2023年10月20日
- 読了時間: 1分
ようやく猛暑の季節を乗り越えたばかりですが、秋の深まりとともに急速に変わりゆく町の風景に目をとめて、まだ濃い人情の生きていた懐かしい時代のエピソードに思いを馳せる春硯さんの風信に深く共感します。
句帖は騒々しい世界の現状とは別の、身近な生活の中で柚子や満月から受ける普遍的な秋の情感と、曾孫に接して体温を感じさせるような明るい生命讃歌の言葉があふれています。「みどりごのこぶしが触れる秋桜」の句がとりわけ心に残りました。

みどりごのこぶしが触れる秋桜
これにはびっくりしました。もうだいぶ前ですが、似たような場面を句にしたことがありましたので。
私のは
・幼子が握る真白き秋桜
ほかに
・コスモスの揺れるあたりの空気澄む
というのも。日本人の感性に合う花なのでしょうか。
また母が逝ったのは秋桜の咲く初秋で、最初の命日にふと浮かんだ歌もあります。
・命日や写真の母は純白のコスモス似合う人となりけり
私の郷里は柚子の産地ですので、「葉隠れに色づく柚子」の句にお礼を申し上げます。で、私の柚子の句は
・実生柚子鄙に生まれて鄙に住む
これは郷里の山の中の農家を訪ねたあと、そこの老夫婦を思い出して。
初曾孫の句は、曾孫どころか子も孫もない私にはなんだか名画「聖家族」のように遠い憧れの世界です。いちまるさんのおっしゃる「四世代独り占め❣️世界を抱いたようなもの」という表現も的確ですね。さすが小説家。
神無月には花を季語にした句をよく作ります。春は木の花、秋は野の花って誰かが言っていましたが、当っていますね。
・石蕗(つわ)伸びてここにも表札古き家
・濃竜胆(こりんどう)咲いて棚田は静もれる
(段々畑に竜胆の咲く頃には刈り入れは終わっていて、人影はありません。)
・吾亦紅アウトバーンの脇の赤
吾亦紅って名前も古風だし控えめな印象なので日本人の、特にお茶をやる人に人気がありますが、ドイツではあまり顧みられることのない花です。その分、大きめでよく繁って、慎ましいといえるかどうか。そりゃあ、乗用車やトラックがビュンビュン走るアウトバーンの傍ではひっそりも何もあったものじゃない。でもこういう景色もドイツらしい。こちらでは「牧場の釦(ぼたん)」と呼ばれます。悪くない名称でしょう。
春硯さんのメールから(代理投稿)
《・・・お忙しいところ拙稿をさっそくにアップしていただき感謝しています。過褒のコメントもいただき恐縮です。
「陋屋記」につづいて連載が始まった秋山さんの「未来小説創作ノート」は重層かつ多面的な趣向を窺わせて興味津々です。手稿的体裁に身をやつしての飄々たる変幻自在の筆捌きぶりに瞠目するばかり。江戸っ子の風狂・洒落ここにありというべきでしょう。「陋屋記」に続くびすこさんとのグローバルな応酬も息の合った練達の漫才のようでありつつ各自の蘊蓄が自ずと滲み出て流石です。
毎回楽しく読んでいます。よろしくお伝えください。・・・》
葉隠れに色づく柚子庭の朝
覗いてみるとゆずの実が見える、やーこんにちは、酸っぱい香りが非日常と入り混じる新鮮
卒寿にて初曾孫抱き秋うらら
うわー、四世代独り占め❣️世界を抱いたようなものでしょうね、どんな気持ちなんでしょう、想像するだけでワクワクします
日々肥だつ曾孫の四肢や豊の秋
きっとあっという間なんですよね柔らかくて頼りない手足がピチピチと弾けるような体を支える日々に変わるのは。
満月の良夜は天の褒美かな
まん丸なお月様が大きな丸をくださったようなご心境なかなかありそうでなさそうです…うらやましい
みどりごのこぶしが触れる秋桜
頼りなげに、するーとのびて見せたコスモスは、とてもひそやかないないいないばー
秋の蚊よ老いぼれの血で良いならば
うーん、ぴしゃんと叩くか叩かないかそれが問題だ、やっと到達した後期高齢者としては…あはは、、失礼しました、今月もたっぷり楽しませていただきました
※みどりごのこぶしが触れる秋桜