top of page
執筆者の写真クレマチス

風信 沼のほとりから 第34号 令和四年師走

今年最後の「沼のほとりから」が届きました。大荒れの令和 4 年も残り 1 週間、コロナもウクライナも統一教会も、何一つスッキリとかたづかないまま過ぎ去ろうとしていますが、春硯さんの世界と自然を捉える境地は一貫して過去と現在と未来を見つめ、研ぎ澄まされた詩語に定着されています。1 句目の霧の山は我孫子から近い筑波山でしょうか。久しぶりに寒い冬の到来で虎落笛の季語が沁みとおります。


閲覧数:27回2件のコメント

2 Comments


繁 大村
繁 大村
Dec 25, 2022

雲切れて沼を見下ろす冬銀河 橋を行くテールランプや沼の冬 何億光年の星々の遠い光も、縁もゆかりもない自動車のテールランプの光も人間にとっては同じこと、届くことのないサイン、、それでも人は星に願かけ袖すり合うこともなく、通り過ぎる自動車のテールランプを見やる春硯さんのお気持ちを勝手に想像して同感しまいます、どちらの句も象徴的で好きです。 虎落笛遠い昔に母の背で 背のぬくもりとこすりこんでくる寒風の対比が直截的に伝わって参ります、句の力を感じます、ありがとうございました。

Like

heute
Dec 25, 2022

虎落笛、これは私にとっても子供の頃の思い出の一部です。春硯さんはご自分がお母さまの背中で聞いた思い出を句にしておられますが、私はその音が聞こえる所で若い女性(当時の「ねえや」でしょうか)が子供をあやしていたのを覚えています。


・虎落笛起きた背中の子をあやす


これは寒風が柵や竹垣に当たってヒューヒューなる音、と辞書にはありますが、私は障子の破れ穴を風が鋭い音たてて通る音も虎落笛と呼ぶと親に教わりました。冬の夜におとぎ話などを読んでいるとこの音が聞こえてきて、怖いような、煽られるような気持ちがしたものです。


少しふざけて言うと

・虎落笛昔話のBGM

というところでした。

Like
bottom of page