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執筆者の写真クレマチス

無意識の支援――ドイツの黒い森から 10(びすこ)

ドイツでは大体五月の中旬から六月初めにかけて「ゴールデンウィーク」が来る。この時期に昇天の日とか聖体の日があるからだ。先週末からの三連休はペンテコステつまり五旬節のためで、巣ごもりに飽き飽きした人達が屋外で過ごしたいと黒い森周辺のキャンピング場にやってきて、その 2 週間前にはどこでも予約は満杯になっていた。天気予報では小雨の日が多かったが、ちょっと降るくらいならキャンピングカーの中で TV とスマフォで凌げばいいと思ったのだろう。幸い雨はほとんど降らず、ただ温度は最高 14 度くらいでかなり寒かった。

この種の娯楽が大人気、というか、目下は大勢で騒ぐイベントは禁止なので他に気晴らしがなく、おかげでドイツではキャンピングカーの売り上げが大きく伸びているという。風が吹けば桶屋が儲かる、という諺通りである。環境保護のためにガソリン車の運転は極力控えようという緑の党の呼びかけも、このところ一般大衆には完全に無視されている。だってその党首が最高級車で移動しているんだから、説得力などあるはずがない。


さてそんな状況下でも私は特に不満はなく、三日間おとなしく自宅にいたが、夫はさすがに飽きたようで、アッペンツェル(スイス東部の州)のホテルは開いているかなあ、と言い出した。アッペンツェルは人口 1 万 7 千という、スイスで最小のカントン(州)で、ここ 15 年ほどシーズン毎に休暇を過ごしに行く。気に入っているホテルの主人はここも自身が料理人で、奥さんが全体を管理している。

働いている人たちは、ドイツ語を必要としないお掃除・ベッドメイキングのポルトガル人を除けば全員が近辺の村の主婦か娘さんである。部屋はシンプルだが清潔で気持ち良く、何より窓から絶景を楽しめる。長い付き合いでこちらの好みも分かっており、予約の電話を入れると「奥さんは(シャワーのみでなく)浴槽のある部屋をお望みでしたよね」とすぐ対応してくれる。

私はサンデー毎日でもいいが、夫の方は仕事をしているとやはり本格的な気晴らしがしたくなるのだろう。休暇中は自然豊かな彼の郷里に帰ることもあるが、あいにく今彼の姉が軽い(しかし三度目の)脳梗塞でリハビリ中で、見舞いたくても 6 月半ばまでは自宅に戻りそうもない。

だから運動不足もあってスイスの山村を歩きたくなったらしい。田舎といえどもこの州は 1 年前に教会での結婚式でクラスターが発生して危険地域に指定されていたから、しばらくはホテルの営業も無理だろうと私も思っていた。スイスは人口の割に感染者・死者数が非常に多い。

参考までに、人口 870 万人のこの国で感染者数は日本とほとんど変わらない。人口 100 万人当たりの死者数は、日本が 98 人なのに対し 1237 人、ドイツの 1047 人よりも多い。規律という点では欧州では例外的に順守される国だから(それで EU にも加盟していないのだが)、なぜこれほど感染者が増えたのか不思議である。多分外国人労働者が非常に多いこと(外国人無しではどんなビジネスも不可能)、また地理的にアルプスの南北を繋ぐ通り道になっていることが大きいのであろう。


さて、退屈を持て余した夫がグダグダ言うので一応インターネットで調べてみると、試しに入力した到着・出発日では「その期間はシングルの部屋が一つ空いているだけです」と出た。つまり営業しているということである。

夫に伝えたら、すぐホテルに電話した。料理長のご主人が出て、それから話が大いに盛り上がり、途中で夫が「そりゃいい」と大笑いしてテーブルをパンパン叩く。

電話を切った夫が、今までホテルの営業がこれほど好調だったことはないそうだ、という。満杯なの、というと、うん、それも地元民でね、とのこと。


料理長の腕は州内ではもちろん近辺のサン・ガレン州などでも評判で、ホテルに宿泊するのは同じスイスでも遠くの州の人たち、でなければドイツやベネルクスの人が多いが、土・日の昼と夕は地元民が誕生日や結婚記念日などのお祝いをするため、宿泊客でもあらかじめ予約しておかないとテーブルがなくなってしまう。

ところがコロナで、ホテルはそういう食事会の客を受け入れることはできなくなった。料理を出すのは宿泊客に限り可能となって、レストランのみの利用は政府によって禁止された。すると地元の人たちは、分かったよ、泊まればいいんだろ、ということで、泊りがけで食事に来るようになったのだそうだ。

夕方来てチェックインして、レストランで食事する。上階で泊まるからみんないくらでも飲める。忘れ物をしても取りに帰れる。パジャマとか。宿泊費は朝食代込みなので、翌朝ゆっくり朝食を済ませてチェックアウトする。近辺は酪農家が多いが、それだけに出勤時間の制約はなく、またご隠居さんも石を投げれば当たるほどいるから、こんな形でレストランを利用する人が急増したのだという。

自宅は近くにあって何泊もする必要はない。食事・宿泊セットの利用を望む人ばかりなので、次の人たちに譲るため一泊してチェックアウトすると、午後にはすぐ別のカップルやファミリーがやってくる。それが一巡すると第二ラウンドのお泊り・食事になる。もちろんその間に他の州やバーゼルなど都会からの客もある。かくてホテルは目下大繁盛、遊んでいる部屋などない状況だそうで、ホテルのオーナーとしては、笑いが止まらないというところらしい。

国はこういう展開になることを予想して、レストランのみの利用は禁止、としたのだろうか。ま~さかあ。スイスの 26 州中で最小というだけでなく、いまだに直接民主主義(広場で挙手)を採用している 2 州の一つで、超保守的なド田舎で、首都ベルンや金融センターのチューリッヒや国際性を誇るジュネーブなどからは「目に入った棘」とまで言われているこの州に、政府がそんな配慮をするはずはない。

だが住民は国の補助金なしでも生きていく術を心得ている。山中のゲリラ戦なら敵無しのヘルヴェティア族(シーザーの「ガリア戦記」を参照)の子孫なのだ。人権とか連帯とか、そんなものはよう分からん、だが皆で生き残るための知恵はあるさ、の山岳人なのである。そして今でも周囲の国々による兵糧攻めに備えている。

ちなみにアッペンツェルの特産品である高級チーズも、売れ行きは極めて順調とのこと。農家の皆さん、これからもホテルをうんと贔屓にしてやって下さい。



(写真は常宿からの眺め)


閲覧数:48回8件のコメント

8 opmerkingen


クレマチス
クレマチス
26 mei 2021

星野リゾートがインバウンド需要が消えた時に、逸早く打ち出したマイクロツーリズムというのが、その辺に着眼したもののようです。

「地域の魅力を再発見し、安心安全な旅 Withコロナ期の旅の提案~」

https://www.hoshinoresorts.com/information/release/2020/05/90190.html

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hmdhonau
26 mei 2021
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私、この返信欄で写真を送れることを知らなかったのですが、分かったので取りあえず一枚お送りします。石垣が多いですが、こんな石の塀もありました。カフェでコーヒーを入れてくれたのは鄙には稀な垢ぬけた女性、ご主人の方も体格・風貌日本人離れした方でした。義弟に誘われて彼の車で行き、いろいろ話していると、先日私のブログで紹介したわが家の近所の親戚の家をご存じで、そこも宿にできるんじゃないですか、と言っていました。


この方、家の権利を全部持っていたわけではないので、弟さんだか見内のどなたかと交渉して自分のものにして民宿にしたのだそうです。私も、ずっと郷里にいるならば分家の持ち主のハトコと交渉してもいいとちょっと考えています。義弟はそれを進めたくてこの〈吉良川〉という町に連れていってくれたみたいです(なかなか知恵者)。宿の経営と言うより、私は曽祖父の建てた家をこのまま朽ちさせたくない、という思いなの

で、宿泊してくれる人がいればそれはおまけですけど。星野リゾートが関心持つかもしれませんね。

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karen1434
karen1434
26 mei 2021

まあ、素敵な眺め。こんな景色を見ると、昔何度も読んだ「アルプスの少女ハイジ」を思い出してしまいます。あの本は何度読んだか分からない程繰り返し読みました。

雄大な山々に夕日が当たる様子とか、朝日が当たって幻想的な紫色に染まったりと情景描写が盛りだくさんだったので、イメージが浮かび、何時か行って見たいな~と思っていました。

ホテル業も日本では大変なのに、何で繁盛するか分からないものですね。

日本の宿泊施設も立地条件により工夫すれば当たるかもしれませんね。

今こそ、創意工夫の時代ですね。アッペンツェルの高級チーズの味も味わってみたいものです。日本には売ってないでしょうね。

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hmdhonau
26 mei 2021
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アッペンツェルのチーズ、三越日本橋店の地下で売っています。すご~く高いです。そしてすご~く臭いです。チーズの作り方の法律(?)があって、自然の草以外食べさせてはいけないのです。


EU(この場合はスイスも含む)との貿易協定で日本に輸入される乳製品の関税がいずれゼロになるようなので、そしたら買いやすくなるかな。欧州産のワインも安くなりそうです。


ここは「ハイジ」の舞台ではないのですが、その舞台になったマイエンフェルトはこの村から東南へ40分ほどのところです。でもみんな、こっちの方がきれい、と言います。

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繁 大村
繁 大村
26 mei 2021

へぇーそれは愉快、ホテルの意外な使い道…コロナ禍だと言うのに、清潔で見晴らしの良いホテルは地元民の利用でウケに入ってる、旦那さんがそれを我事のようにテーブルを叩いて喜ぶ、それこそいい風景ですね。写真にある風景とともに、平時でも、戦時の備えはできている栄えある祖先の末裔の腹の座りようが、ま、びすこさん好みと言うわけですね、違った?

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hmdhonau
26 mei 2021
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いやあ、ウチの亭主はスイスの山の中で生まれなかったのを残念がっている超石頭ジジイだから。


スイスは丘陵ばかりなので穀物の栽培ができず、小麦・大麦・ライ麦などは周囲のイタリア・フランス・ドイツなどからの輸入に頼っているのです。そのため昔はこれらの国が「禁輸」をしてスイスを虐めたことがありました。今は一応廃止になりましたが、少し前までは、どの家にも3,4年分の小麦粉を備蓄しておくことが法律で義務付けられていました。


用心深いのは国民性、ドライブしているとブンカ(防空壕)があちこちに見られます。もちろん現役です。地形から戦車とかの操作は難しいので、自転車部隊というのがあるんです。本当ですよ。

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