top of page
執筆者の写真クレマチス

母と息子――ドイツの黒い森から 43(びすこ)

ユング派の分析家が 1980 年代に名付けたという「父の娘」なる概念を知ったのは、もうだいぶ前になるが鶴見俊輔のインタビュー記事を読んだときだった。戦後の進歩的文化人の代表とされたこの評論家が社会学者として有名な妹の鶴見和子について尋ねられたとき、政治家・著述家だった父祐輔と妹和子との関係に触れ、「父の娘って表現がありますね、よく知られているのはアナイス・ニンや森茉莉・・・」と言ったので、アナイス・ニンのことは初耳だったが森茉莉の例でその意味するところはすぐに分かったのだった。

父と娘の密な関係というか、立派ではあるが娘にやたらと甘い父親がその父を崇拝する娘に与える影響については他にもいろんな実例があり、幸田露伴と幸田文なども頭に浮かぶが、こちらはもう少し客観的というかクールなところもあって、躾と教養の面で父親の影響は顕著ではあるものの「親密」という感じはさほどではない。

という書き出しになったが、今回のテーマはその父と娘の繋がりでなく、見方によってはそれと表裏一体とも言える母と息子の関係について考えてみたい。


そのきっかけになったのは、私が最近まで時々覗いていた在仏日本人女性のブログで、50 代半ばと思しき彼女がフランス人と結婚したのは 25 年ほど昔。二人の間に男の子が生まれ、彼女(M子とする)とその夫の関係は別に不仲というわけではないが物足りなさもあり、愛情の 9 割は息子に向けられている印象だった。

その息子が独立して自分で買った家(両親からの援助も多少ある)に移ると同時に、キャリアウーマンを目指す美貌のフランス人女性がやってきて同棲を始めた。そして時々M子夫妻を訪問するのであるが、従来ママっ子で日本料理の好きな息子が「オフクロの味」を求めてやってくるのも里帰りの動機らしい。ガールフレンドの方は、今時の娘の常として料理等の家事に興味はなく、その複雑な家庭背景からかお育ちがいいとは言い難く、特に日本人から見ると絶句するような振舞がある。というわけで、お決まりの嫁姑の軋轢が生じる。

「息子をこんな風に育てたつもりはないのに」というM子さんの嘆きが、大正生まれの我が母や明治の世に人となった祖母の台詞とそっくり同じなのに私は苦笑してしまい、さらにそのブログにコメントを寄せる日本人の多くがM子に深く同情し非常識マドモワゼルに悲憤慷慨する様子を見て、いやあ、母と息子の繋がりというのは古今東西を問わないばかりか、母である女性のアイデンティティ、つまり人種はもとより教育レベルとかキャリアとか近代性などともあまり関係ないものなのだなあ、という感を深くした。


というのは、その少し前に私は遺品である例の孝子蔵書(ドイツの黒い森から 29 「形見分け」で触れたタカコさんの蔵書)の中にあった塩野七生のエッセイを読んでいて、この威勢のいい颯爽たる有名作家の一人息子への入れ込みようにいささか面食らってしまったからである。塩野七生といえば団塊の世代より 10 歳余り年長で、しかし時代を先取りして普通の結婚や家庭には見向きもせず、遠い異国に活動の場を見出した先達として多くの日本女性の憧れの的となっている。イタリア人男性と離婚しシングルマザーとして息子を育ててきたことなども、まさに啓かれた逞しい現代日本女性の鑑とされているらしい。

それがもう息子にメロメロで、彼が結婚して自分の手を離れるときを想像するだけで胸が張り裂けそう、といわんばかりの口調なのである。いやあ、まいったなあ。

さらにまいったのは、彼女が母と息子の、好ましい、というか理想的な関係として、シーザー(ユリウス・カエサル)を持ち出したことだった。シーザーと数ある愛人との関係はつとに有名だが、この英雄の母親については何の知識もなかったので少し調べると、このアウレリアなる貴婦人は当時の帝国で広く知られ、日本でなら文句なしに模範とされる賢母タイプだったことが分かった。英語の資料には a Roman matron of exemplary virtue and signifcant influence とあるから、聡明で徳高く、家系や夫の地位もあってその気になれば権勢を振るうことも可能な女性だったわけだ。

ここで少しだけ脱線させていただくと、このアウレリアというのは私たち夫婦が懇意にしているウィーンのヴィオラ奏者のお嬢さんの名前でもあり、ちょっと珍しいので、最初夫と「どういう意味かしらね」「ゴールドに関係あるんじゃないか(Auは金の元素記号だから)」などと話していて、塩野女史のおかげでその由来が分かったのだった。

さてローマのアウレリアの方は賢婦人だけあって、開けても暮れてもシーザーを溺愛・盲愛していたわけではなく、日本人から見るとむしろ孟母的で、それはそれで結構なことだ。アウレリアが息子をクレオパトラに奪われたと嘆いた、などというエピソードも聞いていない。


しかし有名人の生母というなら、何たってアレクサンダー大王の母親ではないだろうか。世界的に見ても、歴史上でも、こっちの方が断然知名度が高くまたスケールも大きい。スケール云々と言っても、それは褒め言葉というより、ただただ驚倒仰天するその振舞のためだ。

アレクサンダー誕生時のエピソードや伝説は多々あるがそんなのは信憑性ゼロだから無視して、夫のピリッポス 2 世が他の女に心を移したと知るや息子と家来をそそのかして夫のみかその愛人の殺害にまで及んだというのは、単なる嫉妬のためではなくその女が産んだ子がマケドニアの盟主となることを阻止するのが目的だった。そして息子を何としても王座に就けたかったのは、可愛いわが子への母性本能に加え息子を介しての王国支配欲の所以であろう。話としては孟母断機・孟母三遷風のシーザーのご母堂より、こっちの方が断然面白い。だからアウレリアはその高潔さにもかかわらず、いや高潔であったがゆえに、人気の点ではアレクサンダーの母オリュンピアスに負けているのだ。


このところ関心を寄せている「今昔物語」の中で鬼母や毒母に関して繰り返される「女ノ心ハ極メテ怖ロシキ物ナリ」という言葉が実感される。そのわが日本の昔話(ただし実話)になるが、息子を帝王にするためなら身内の殺害など何のそのというパワフル母さんならこちらにもいて、そしてこちらはさすがヤマトの国、しっかり史料も残っている。かの持統天皇の話である。

日本人らしく大津皇子のファンである私は以前からこの貴公子や姉の大伯皇女についてちょこちょこ調べていて、天皇家の祖先である女帝の凄さに圧倒された。天智天皇の娘として生を受けた彼女は同天皇の弟、つまり叔父である天武天皇に嫁し、父の死去で後継者争いになると夫と共に壬申の乱を起こして、まず自分の異母弟で夫のライバルである大友皇子を葬り去る。

次に、天武が身罷って未亡人となると、歌人・武人として当時宮中でも人民の間でも絶大な人望があった天武天皇の息子、彼女にとっては継子である大津皇子を謀反の罪で刑死させ、その姉の大伯の皇女を斎宮として未婚のまま朽ちるにまかせる。そうやって持統天皇(

(ただし当時はまだ天皇ではない)は息子の草壁皇子の地位を守るのだが、それだけの血を流して皇位に就ける寸前に息子は病死する。

ならばその息子、つまり持統天皇にとっての孫(草壁とその叔母つまり持統の妹との間に生まれた子)を後継者に、といってもまだ幼過ぎたのでつなぎに自分が女帝となり、漸く孫が成人して安堵したのも束の間、この文武天皇も 20 歳そこそこで崩御、そこでその息子が成長するまで文武の姉である孫娘を天皇に・・・

いや、これはもう血族結婚なんてものではなく、天皇が妻とした女は数多いたし、そんな中で皇家の純血を守るために叔父に嫁いだり叔母を連れてきたり異母兄と結婚させたりで、系図を辿っていくと頭がおかしくなるほどだ(認知症予防にはいいかもしれない。宮内庁提供の系統図を添付しておくので、お試しあれ)。

しかし結論をいうと、現在の皇室にとって都合のいいことに、天智系のラインを絶つための持統天皇の獅子奮迅の尽力や権謀術数にもかかわらずその曾孫の聖武天皇の代で天武・持統のカップルの血は途絶えてしまい、遥か昔に忘れられたはずの天智天皇の第七子・志貴皇子の息子(光仁天皇)が皇位に就く、というエンディングが待っていた。

おかげで今の皇室は、「われらは皇位強奪者(英語でいう usurper)ではなくオーセンティックな天智天皇系だ」と誇らかに宣言できるらしい。上に持統天皇を「天皇家の祖先」と記したけれど、実はそっちはもう消えているのですね。ただし、わが子・わが孫のために猛女の本領を発揮した持統天皇は天智の娘でもあるから、彼女を悪女とか傾国とか見なすのはご法度らしい。また、大和撫子の祖先とするならこれほど心強い存在もないであろう。


母である女の怖さを紹介するエピソードが長くなってしまったが、これらの例から分かるように、息子への母親の愛着は往々にして単にご家庭の「嫁・姑問題」には終わらず、高貴な身分の方々や権力者の場合には国を揺るがすような事態になりかねない。

「父の娘」ならそこまで社会への影響力はない一方で、「母の息子」となると、うわあ、怖いですねえ。いや、これは決して過ぎ去った遠い日のお話ではありません。安倍晋三を何としても首相とすべくその母の洋子さん(岸元首相の娘)は、ひょっとして持統天皇を自分のロールモデルとしたのかもしれない。政界のプリンスと呼ばれた夫の安倍晋太郎が60 代で他界し、岸家の婿を首相とする野望が潰えてのちは特に。

閲覧数:33回2件のコメント

Comments

Couldn’t Load Comments
It looks like there was a technical problem. Try reconnecting or refreshing the page.
bottom of page