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執筆者の写真クレマチス

在るに随いて――ドイツの黒い森から 23(びすこ)

今回もまた食品に関係がある話。私はどうも食い意地が張っていていけない。

だいぶ前のことだが、或る本を読んでいたら、お洒落で贅沢好みの息子に「在るに随いてこれを用いよ」という家訓を残した平安時代の貴族の話があった。素直な私はすぐ、これは正しい、と思い、家訓というより自分のモットーにしようと思った。


私は別に贅沢でもお洒落でもないが、衣服など時々買ってそれが余り着られずに箪笥に溜まっている。仕事をしていた時は外出着が必要だったからその名残ともいえるが、今は出かけるといっても田舎町で休暇を過ごす程度なので、本来なら服はあまり要らない。

しかし女性ならよく分かると思うけれど、やはり流行があっていくらほとんど着てないものでも 4,5 年経てば古臭い感じになってしまう。そのため大したものではないがシーズン毎につい何かしら目新しい衣服を買ってしまい、いっそう箪笥を塞ぐことになる。

このことにはずっと気が咎めていたので、最近では絹やレースは別として古い服をできるだけ普段に着るようにしており、まあ、この分だとスーツや冠婚葬祭用の服以外はあと 2,3 年ですっかり着古してしまうだろう。


また私のアクセサリーは「定番」つまりタイムレスなので流行遅れで身につけなくなるものはあまりないのだが、困るのは手の込んだ細工のものを「職人技」として夫が買いたがることで、そのため銀製とかクリスタルの装飾品はわりと持っている。(いわゆる宝石の類は私が拒み「そんな分不相応なものを身につけたら祟りがある」と喚くので強制しない。)

丁寧に作られた装飾品を店で見て「要らない」というと、せっかく立ち寄ったのにと怒るので、しゃーない、何とか使い道をみつけるか、と渋々買って夫の「職人への敬意」とやらに同調していたが、近年仲良くなった甥の嫁さんが美人なのに質素な人なので、そうだ、いい品は彼女に残せばいいんだ、と迷わなくなった。


衣服・装飾品についてはそれでいいとして、書籍類はどうかというと、これらは買い過ぎて困るということはない。まず日本語の本はあまり手に入らないので、帰国の都度日本から持ちかえったものを何度も読む。やむを得ぬ精読だが、これは私にとって結構有益である。英語・ドイツ語の本はすぐ買えるものの、読むのが遅いから(新聞を読むだけで日が暮れる)そう何冊も注文することはなく、ドイツ語だと場合によっては夫が積読状態にしてあるものを読む。ほ~ら、在るものを無駄にしない賢い主婦でしょう。


在るものを活用する上で、ちょっと苦闘しているのは食料品である。私は食料品店での買い物が好きで、よく出かけるアルザスやスイス・オーストリアの町には懇意の店があり、そこの女将さんたちと親しい。グルメでも大食でもない私がなぜ食料品店が好きかと言うと、一つには好奇心から物珍しい品を試してみたいためだが、普段何かと世話になっている人達へのお礼の品を買い置きしておくためもある。

アルザスの小さな町にある店では自分用の紅茶をよく買い(アッサム一辺倒の夫はフライブルクで買う)、あるとき東京の友人への食品にそれを入れて送ると好評だったので、それからは数種類の缶入りを買っている。バルサミコや各種オリーブ油(大蒜入りとかレモン味など)を選ぶのも楽しい。

写真 1.アルザス地方の小さな町のエピスリー(食料品店)


ただ、私は車の運転ができないからこういう所も夫と一緒で、彼がいると何でもたくさん買ってしまうのが頭痛の種である。彼は彼で事務所の社員や来客用のスウィーツも買い、それはいいとして、私が調味料などどれにしようかと迷っていると、全部買えばいいじゃないかとさっさとレジに持って行く。

結果、わが家には消費量が限られる香辛料、酒類(主に果実酒)、瓶詰・缶詰、いわゆる乾物の類が溜まることになり、私はいつも賞味期限に追われている。実際、早く使わなきゃと急かされている感じだ。棚の奥に置いたため、気がついたらその賞味期限を数か月過ぎてしまっていることもよくある。ひどいときは 1 年あまり古い品もあって、食べ物を無駄にすることは容認できず少々の期限切れは気にしない私も、捨てざるを得ない。


さて、先月のことだが夫が久しぶりに郷里の主治医のもとで健康診断を受けた。この心臓循環器専門医は 70 歳ちょっと過ぎ、総合病院を退職して今は町の内科医のところで週に 3,4 日働いている。(ついでに私の主治医、というかホームドクターも、70 歳で同じ働き方をしている。彼の専門は腫瘍学、つまり癌である。公的には医師も 65 歳で引退だが、せっかく特別な技能があるのだし、そのままご隠居さんになるのは退屈すぎるのだ。)

遺伝的にやや問題がある夫の心臓の方は以前から別に変化していないと言われたが、血液にいくつか問題があるとのことで、後日その診断結果が送られてきた。その数日後、今度は夫の前の主治医で今は 85 歳のジイサマが、奥さんとシュバルツバルトへ山歩きにやってきた。我が家から 30 分ほどのところにあるホテルに 4 泊して毎日ハイキングをするということで、到着した日が日曜日だったので会いに行って一緒に食事した。


その席で彼の後輩に当たる医師の診断書を夫が見せると、コレステロールなどはいい薬があるが、それよりヘモグロビンが少なすぎるではないかと言う。赤血球が少ない? 私は彼が栄養不良になるような食事はさせていないのに。

栄養不良と言えば、私も日本ではたいてい TP(Total Protein)つまり全タンパク質の価が低いと言われる。偏食もないしきちんと動物質のタンパク質を摂取しているんですが、と医師に言うと「まあ、お年ですからねえ」ときた。加齢で栄養分の吸収力が衰えているのだそうだ。

だから夫の場合も、お年を召して以前のようには栄養が行き渡らなくなっているのかもしれない。どうすればいいのですか、と尋ねると「鉄分が足りないんだよ」と言う。これには笑ってしまった。夫の仕事は鉄鋼関係である。製品の鉄を削ってその粉を食べるか、などとジョークを言ったが、先生は鉄分を補う薬だかサプリだかを勧めていた。


薬が嫌いな私は食品で鉄を補う方法はないものかと、帰宅してインターネットで「鉄分の多い食品」を調べてみた。面白いことにドイツ語のサイトで一番先に出てきたのはハーブ類で、一方日本語で調べると、豚・牛のレバー類やカモ・ガチョウ肉などが推奨されている。

夫はレバーが大嫌いだ。私は好きだが、これはコレステロールを上げる作用もあるので 65歳を過ぎてからは控えている。ガチョウは 11 月になると聖マーティン(サン・マルタン)のお祭りがあるので、レストランでそのローストがよくメニューに載る。赤ワインが合って私の好物でもある。

ローマ帝国の兵士から修道僧になったマーティンは、その徳の高さからトゥールの司教にと住民から請われたとき、自分はその器ではないと断って家畜小屋に隠れた。ところがガチョウが大声で鳴いてマーティンのいることを知らせたため見つかって、司教にならざるを得なかった。信者から見ればガチョウは恩人、いや恩鳥なのに、それでガチョウ肉を食べるとは、恩を仇で返す仕打ちではないか。

写真 2.聖マーティンの伝説の絵本から


それはともかく、11 月まで待ってレストラン巡りをするのでは遅すぎるし、レバーも厭だというので、香草類をふんだんに食事にとり入れようと考えた。

香草といえば目下庭の世話を引き受けてくれている管理人のマリオさんが随分熱心で、ガーデンセンターで花や灌木を買うのに何度か付き合ったが、そのときに私がハーブをいろいろ植えてくれるよう頼んだ。一番欲しかったコリアンダー、日本でパクチと呼ばれているセリ科の植物はどんどん背が伸び、最近白い花がいっぱい咲いて私を面食らわせた。(匂いを気にせねば、生け花にカスミソウのように使える。)パセリもセージも良く育っている。ミントやオレガノは以前からあって手がかからない。

しかしこれらの香草は大量には食べられない。おひたしや和え物にできる野菜ではないのだ。きゅうりのサラダやスープ、クリームソースなどに細かく刻んで入れるが、どう頑張っても摂取量はわずかである。


インターネットでもう一度調べると、いずれの香草も干して粉末にしたものを食するのが効果的とある。それならば我が庭の生ハーブは紫蘇のようにツマに使うことにして、これからは味付けにハーブの粉を大いに使おうと考えた。

それで思い出したのが戸棚の後ろの方に忘れられている香辛料だった。ちょうどよかった、ある物を活用しよう、と全部並べてみて、クルクマとかエストラゴンが無いことが分かったので、それらをさっそくスーパーで買い足した。

クルクマという名前は花屋で聞いたことがあったが、それが香辛料になるとは知らなんだ。調べたらペルー原産でウコンの仲間だそうだ。ウコンはインド人にもらったのがある。これも鉄を含むそうである。カレー料理は手間がかからないし、私も作るのは好きだし、この頃は夫も喜んで食べる。


この人、最初は辛いものにやや抵抗があるようだった。海がほとんどなくて南米やインド亜大陸などに進出することがなかったドイツ人は、英国人やフランス人に比べると一般に異国の食物を好まない。まあ、早くいえば保守的・閉鎖的ってことですね。

これを言われるのがドイツ人は一番悔しいようなので触れないようにしているが、私から見ると、そう言われないようひどく過敏になって「進歩的」「開放的」なふりをしている姿が可笑しい。かつて英・仏から「欧州の田舎者」と呼ばれたドイツ人の新たな欠点は、この不自然さだと思う。

その植民地の歴史から、英国ではインド料理、オランダはインドネシア料理、フランスにはベトナム料理の店が多いが、植民地がほとんどなかったドイツは欧州以外の地の料理に接する機会がなかった。(もっとも、他の欧州国の真似をして後からノコノコ出かけたアフリカのナミビアの問題で、最近になってややこしい賠償の議論が起きているが。)

私がドイツに来た当時は熱帯フルーツなど見たこともない人がほとんどで、デュッセルドルフでよいとこの奥さんと歩いていた時、青物屋の前で彼女がマンゴーを見て「あれは一体なに?」と訊くのには驚いた。また私は料理に生姜もよく使うが、こんなものをどう料理するのかと市場の小父さんに訊かれたこともある。


しかし近年はドイツ人の食品市場も拡大・多様化し、エキゾチックな味を好む人も増えた。もちろん寿司の大流行もある。幸か不幸か日本で本場の味に馴染んでいる夫は、スーパーで売っているナンチャッテ寿司などには見向きもしないけれど。

それで煮物や焼き物(ロースト)にカルダモンを使ってもオレガノをふんだんに混ぜても、夫は全く抵抗がないようであるが、困るのはこれも使う量が限られることである。「おとなのふりかけ」みたいにたくさん掛けられれば鉄分の摂取量も増えるのだろうが、そういう調味料はない。いや、スパゲッティにたっぷりふり掛けられるハーブミックスを考案しようかな。

この分では、私が知らないうちに買い溜めていた香辛料も間もなく使い切ることができそうだ。鉄不足の「鉄の男」のおかげで、食品もまた在るに随って用いることが可能となった。

閲覧数:37回4件のコメント

4 Comments


hmdhonau
Oct 09, 2021

昨日の真夜中に、一昨年引退した(前立腺がんのため)政治家のインタビューがあって、この人は保守派ですが筋が通っていて歯切れがいいし異議を恐れないので、未だに人気がありトークショーなどにも呼ばれます。私も好きです。

そのお嬢さんが政治家を目指していて、インタビューの女性が「世代による考え方の違いはありませんか」というと、それはもう、世界観だって同じじゃありませんよ、と言っていました。

この人がいうのに「私などは、<お腹いっぱい食べる>ということが決して当たり前ではない時代に生まれて育ちましたからね」とのことで、これには共感を覚えました。私だって(いちまるさんも)、何不自由ない豊かな暮らしなど夢だった1940年代生まれ、何でも粗末にすると「罰が当たる」というのが親の世代からの教えでしたよね。


今地球の危機とか世界の終末とか大騒ぎしていますけど、毎日の暮らしを見直すことから始めるべきではないかといつも思っています。もっともそういう認識に辿り着くまでには、私自身ずいぶん無駄なこともしてきましたけれど。


毎日の積み重ねが歴史になる。その通りだと思います。歴史学派の一つに「アナール学派」というのがあって、これは


<旧来の歴史学が、戦争などの政治的事件を中心とする「事件史」や、ナポレオンのような高名な人物を軸とする「大人物史」の歴史叙述に傾きやすかったことを批判し、見過ごされていた民衆の生活文化や、社会全体の「集合記憶」に目を向けるべきことを訴えた。>


とウィキにあります。フランスの歴史家には多いのですが、英国・ドイツでは注目されず(何でも大がかりなことが好きなお国柄だから)、イタリアやポーランドで受け入れられている、というのも親しみを感じさせますね。

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karen1434
karen1434
Oct 09, 2021

オレガノはカプセルを買っておなかの調子が悪い時や、風邪の予兆がある時飲んで寝るとあくる日は治ってます。

でも、カプセルを通してもあ臭いは苦手ですね、カルダモンはどんなかおりなのかしら?

パクチーもどくだみの臭いと似てどうも受け付けません。

まして、料理に入れるなんてだめなんですが、これを好む人もいるんですね。


今飲んでるサプリはヘモグロビンの名前の一部がついてるものですが、体が温まる感じです。

体調が悪いので藁にも縋る感じで取り入れています。

ハーブで好きなのは、ミントと、パスタにトマトとオリーブオイルと共に和えるあのハーブ(名前が思い出せない)が好きです。


我が家の洋服ダンスにも長い事着てないけど、もったいないから捨てない服がけっこうありますが、そうですね、普段着に切ればいいですね。


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hmdhonau
Oct 09, 2021
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カルダモンはジャムを作るときに入れるのに買いました。特に強い匂いではありませんね。アルザスのフェルベールさんという女性が日本のテレビ番組に出演したそうで、友達が教えてくれたのでそのレシピでリンゴジャムを作り、実際にフェルベールさんの店にも行って買って、比べてみましたが、私のも悪くありませんでした。その友達に見せるのに撮った写真を添付しますね。


パクチ、もう大好き、猫がマタタビを好きなのと似ている?うどんやラーメンに入れてもおいしいですよ。お好きなハーブって、バジルのことでしょう。これは鉢植えのを買ってきて台所に置いています。水さえやればよく伸びて、トマトスープなどに入れるのに便利です。

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Unknown member
Oct 08, 2021

在るに随う、、服から香辛料に至るまで、きちんとご自分のシステムに仕分けされて楽しんでいるご様子が伝わって参ります。旅行記のようです、普段着の旅行記…毎日の暮らしが工夫に満ちて、行き届いているのに、ゆとりさえ感じられる。

名所旧跡にほとんど興味がない僕は何故かと言えば歴史と風土に関する知識がないからです、ところが毎日の暮らしに関することならこれは嫌でも僕でさえ暮らしているわけなので多少類推がつくから楽しいのだと思います、考えてみたら歴史といえども毎日の暮らしの積み重ねの家族の歴史の集積がもしかしたら歴史なのかなと考えてみると歴史そのものの違った面が浮かび上がって参りますね。本当はこういった歴史の方が大事なのだなぁと思いました。写真にある食料品店の北洋材?のカウンターが親しめます。昨日風呂場に缶詰やお酒の瓶が置ける奥行きの狭い棚を作り始めたので、興味を持ったのだと思います。毎日の暮らしが楽しかったらこれはもう天国だと言って間違いないと思います。ドイツでのお暮らしが隣に引っ越してきたような錯覚を覚えそうな徒然日記続編お願いいたします、いつも素敵なお話ありがとうございます😊


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