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中央アジアの話――ドイツの黒い森から 63(びすこ)


近ごろこの地域に関心を抱いたきっかけは水資源問題であった。世を挙げて大気汚染や地球温暖化と「闘う」ために、小賢しい法令の制定や国際会議の開催が頻繁に繰り返される中、欧米でも開発途上国でも誰もその無駄と害を指摘する人がいないのが不思議である。環境会議自体ひどい金喰い虫で、政治家やお役人の移動・滞在にどれほどのエネルギーが消費され空気が汚されているかしれない。

一方で、水の質・量の問題についてはときどき新聞雑誌でデータを示して調査結果の報告と勧告がなされているものの、石油やガス等のエネルギー資源に比べると一般に関心が低い。確かに自然災害で電気が止まり燃料がなくなっても困るが、私がテレビなどで被害現場を見ていてこれだけはと思うのは水の確保である。


そのこともあって私の田舎の家には井戸が保存されている。といってもわが家が特別なわけではなく、郷里の少し古い家ならほとんど井戸が備わっている。それで、地震が起きて水道が壊れても、この井戸があるから何とかなるとずっと思っていた。ところがあるとき、実家の隣に住む叔母と世間話をしていた時、彼女が自宅の井戸にほとんど水が無くなっているというので驚いた。覗くとはるか下の方に水らしきものが光っているが、あれではとても釣瓶で汲み出すことはできずポンプも機能しないだろうという。(わが家の井戸は安全措置のため普段は覗けない。)

どうしてそんなことになったかと言えば、それは今の農家が力を入れているビニールハウスの園芸で茄子やトマトや胡瓜を育てるために大量の水を消費するからだという。そういえば、田舎で散歩しているときなどにビニールハウスの傍を通ると、水路にタービンが設置されてポンプで温室内に水が勢いよく供給されているのをよく目にする。このように水の消費が大量に上ることから地下水のレベルがどんどん下っていき、井戸水も枯渇しているというのである。


はて、これは困ったことになったと思った。今は日本の田舎に帰っても文明人の暮らしができるが、子供の頃の生活といえば風呂は薪で沸かすものだったし、厠は家の中と外とにあって定期的に汲み取る必要があったが停電に影響されることはなかった。それでわが家の風呂は現在でも湯沸かし器の利用に加え焚口で薪を燃やせるようにしている。薪は自分の山林から切り出して来たのが十分あり、ついでにそれらは居間の暖炉にも使う。トイレは屋内では水洗式だが、敷地の一角の厠は昔ながらのポットン式で、ほとんど使うことはなくて空に近いのをまさかの時のために保存している。

いや、しかし、井戸が機能しないとなると・・・。私の郷里では南海トラフがどうの津波の危険がああのという警告が役所からしょっちゅう出され、爺さん婆さんが避難訓練参加を強いられるらしく、うんざりした叔母は「もうええ、この年で城山に上る力なんかない。十分生きたから津波に吞まれて死ぬ」などと言う。幸いわが家の辺りは海から 3 キロ近く離れていて、しかも緩い登り勾配になっているので津波もここまでは来ないのではないかと言われ、そのため海沿いの町にあった市役所がその老朽化もあって最近我が家の近くに越して来たくらいである。


だから災害時の水の問題はさほど緊急事項ではないかもしれないが、叔母の言う地下水位の下降にはちょっと怖くなった。日本の天然資源は極めて限られていても、高温多雨の島嶼国とあって水と森の豊さだけはどこにも負けないと思っていたのに。いや、これは他人事(他国事)ではないと危機感を抱き、それで世界の水事情を簡単に調べてみたわけである。これについてはインターネットでいくらでも情報が得られるのでここで触れることはしないが、世界各地の中で私が真っ先に興味を持ったのが中央アジアの状況だった。

その理由は、古くはシルクロード・ブームに沸いた若い頃に中央アジアの美術に惹かれていたこともあるが、最近ではロシアのウクライナ侵攻に関係して近くのカザフスタンという大国(面積において)の去就に関心を持っていたからで、というのも夫の会社で働くロシア帰りのドイツ人(ドイツ人を祖先に持つロシア人)にカザフスタンの元住民が多いためである。請われて 18 世紀にドイツから移住した農民は最初肥沃なボルガ河畔に定住したが、後にスターリンによって自然条件の厳しいカザフスタンに追いやられた。1980年代にドイツが身代金を払うようにして旧ソ連から呼び戻した彼らについて話すと長くなるので省略するが、帰郷してしばらくはまともなドイツ語を話せず、そのため言葉の要らない労働に従事するほかなかった人たちも子供にはしっかりドイツの教育を受けさせ、二世は一般のドイツ人と全く変わらない。帰国後に夫の工場で 30 年働いて引退した男性の息子は、目下同じ夫の会社で管理職にある。


そんな事情から中央アジアの水資源について調べたわけだが、一口に中央アジア 5 カ国(図 1 )といっても地理・地形に加え GDP に大きな差があることが分かった。GDP の格差は主として国内の天然資源の種類と埋蔵量による。ところが水の問題となると、一人当たり GDP が最も低い東部のキルギスとタジキスタンが一番恵まれており、それはこの二カ国のかなりの部分が山地であるためだ。中央アジアを西に流れるアムダリヤとシルダリヤという二つの川の源はこの山岳地帯にある。



西方のウズベキスタンやトルクメニスタンは綿花の栽培など農業に河川の水をそれも大量に使っているので、山国がダムを建設しようとすると川の水量が減ると猛反対をして、5 カ国間で水を巡る争いが絶えないという。さらにアラル海に流れ込む水が減りその水位が急激に下っていることにも、川下の国は危機感を持っている。

それぞれの国が独立する 1991 年以前には、河川の管理もすべてソ連が行っていてその命令に従う他なかったので、良くも悪くも争う余地はなかったのだそうだ。さらに現在の中央アジアの民の共通項と言えば大半がイスラム教徒であることだが、ソ連によるかつての宗教弾圧がなくなり、それで今はイスラムという宗教によって彼らが結束しているかといえば、それも当たらないという。


また、これは中央アジアの問題ではないが今回調べていて初めて「そうだったのか」と納得したのは、中国がチベットに固執する理由の一つだった。キルギス・タジキスタンの東南にあるチベットは揚子江の水源である。ここを他の国に支配されては、中国の生命線ともいえる揚子江の水流が脅かされる。中国から東南アジアのタイやベトナムに流れる川もいくつかあり、時に国家間の小競り合いのような事態が生じると、中国側は上流を堰いたり汚染物質を流したりして嫌がらせをしているので、他の国がチベット地方を支配したら当然そこが中国に同じことをするだろうと考えるのである。

地政学的にも興味深いが、何しろ遠くて広いので中央アジアの諸般の事情を探るのはこのくらいでよかろうと思っていたところへ、私の関心をそこに引き戻す事件が発生した。ほんの数週間前の 3 月 22 日に起きた「モスクワ郊外コンサート会場銃乱射事件」である。この首謀者が IS(イスラム国)の残党であることはすぐ判明し、シリアのアサド政権に反乱を起こしたときロシアが IS掃討作戦でアサドを助けたことへの恨み、というのは納得できる動機であった。プーチンはそれをどうしてもウクライナの陰謀としたかったようだが、大抵の人はそれにはちょっと無理があると感じたことだろう。


イスラム教徒のテロリストについては近年欧州での懸念が高まっているが、2001 年の米国の 9・11 テロ直後から、しばらくロシアへの脅威が増大した。代表的なのは死者 335 人・行方不明者 176 人を出したベスラン学校人質事件で、これを引き起こしたのは主にチェチェンのイスラム教徒たちだった。近年彼らの動きはほとんど報道されなくなったと思っていたら、早春の惨劇である。

しかし今回の犯人たちはチェチェン人ではなく、中央アジアからロシアに出稼ぎに来ている労働者で特にタジキスタン人が中心だという。タジキスタンの貧しさについて知ったばかりだったので、彼らがバングラデシュ人やフィリピン人のように外国で働いて母国に送金しているというのは分かる話であったものの、その出稼ぎ先がロシアだったというのにちょっと意表を突かれた。



調べると、図 2 (2019 年と少し古い)に示したように、移民労働者の数は中央アジア 5 カ国のほかにコーカサス地方のアルメニア、アゼルバイジャン、ジョージアでも相当数にのぼる。今回はとりあえずコーカサスの国々の状況は措いて中央アジアに的を絞ると、タジキスタンとキルギスにおいては外国からの個人送金がそれぞれの GDP に占める割合が 3 割近くなっている。あとで知ったのだが、ウズベキスタンを除く 4 カ国ではソ連崩壊後に独立した後もロシア語が公用語として用いられているとのことで、それだけロシアで仕事に就きやすいのであろう。

もっともそれらの人々が従事する業種は言語能力をほとんど必要としない肉体労働で、今のロシア人が言下に拒否するいわば 3 K の仕事をかなりの低賃金でこなし、それを母国に送金しているという。EU 圏で農作業や土木工事に雇われるのは専ら欧州の貧困国ルーマニア、ブルガリア、モルドバ、アルバニア等からの労働者であるが、旧ソ連圏でも同じパターンが見られるわけで、ロシア人も現在はそれなりに裕福になっており、豊かな国ならではの人手不足に悩んでいるのである。(写真は真冬のモスクワで雪掻きを行う移民労働者。)



ただ違うのは、欧州においては同じヨーロッパ人ということで貧しい国からの労働者たちも少なくとも目に見える形では虐待されていないのに対し、ロシアでは中央アジア(及びコーカサス)の人々に対するあからさまな侮蔑と差別があって、外国人はどのようなひどい扱いも甘受するほかないという点である。もともとスラブ系の国民というのは極めて閉鎖的で歴史的に差別の根が深く(内陸国特有のよそ者への恐怖からか)、特にアジア系・イスラム系・ユダヤ系の人間への憎悪は伝統的ともいえる。一方で、出稼ぎの人間を見るロシア人の眼は、アラブ産油国で南アジアや西アジアからの労働者に向けるアラブ人の眼差しに似たところがあって、人間ではない生き物といった扱いである。


ちなみに、中央アジア 5 カ国のうち 4 カ国はテュルク(アルタイ)系だが、タジキスタンのみはペルシア(アーリア)系で、言語の体系も異なる。このことは、同国の首都がペルシア語で「月曜日」を意味するドシャンベという名称であることから察していた。中国の歴史について読むと、唐時代の首都長安にはペルシアの美女の姿が多く見られたと書かれているが、彼女らは中国に隣接するタジキスタンから来た舞姫・歌姫だったのかもしれない。

襲撃事件後にこちらで目にした新聞の解説欄には、これら中央アジアとコーカサスからの労働者はロシアにおいてはフライヴィルト(Freiwild:自由に捕獲して殺していい猟獣)に等しいとあった。つまり法の保護は一切ないのである。今回のタジキスタン人による襲撃事件も、もはや何も失うもののない極貧国の労働者の絶望をイスラムのテロリスト集団が利用したとしか思えない。


そんなことを考えているうち欧州は復活祭の休暇に入って、三月末には私たち夫婦も 3 日ほどをアルザスで過ごし、日曜日にはまだ連休が 2 日残っているというので夫の郷里に足を延ばした。すぐ下の弟を年初に失ってから義姉がひどく気弱になっているので、その様子を見るためだった。義姉は 24 時間介護士(ポーランド人)の他に 30 年来の家政婦を雇って暮らしているが、このお手伝いさんにも家庭があって週末は来ない。それで日曜日・祭日の昼には義姉は必ず外食する。介護士が付き添い、車の運転はルーマニア出身の管理人が引き受けてくれる。このルーマニア人は単身赴任で近くの元兵舎の一隅に住み、義姉の家だけでなく夫の小屋も、それから近所の数軒の家でも、主に外回りの仕事を請け負っている。真面目だがユーモアもあり、義姉宅に出入りする人への評価が私と似ていて気が合う。

さて義姉が、連休の最後に当たる月曜日のお昼を私たちと一緒にしたいというので、5 人かと思っていたら、親戚の G と彼の家に滞在している外国人 2 人が加わるという。G は弁護士・会計士の事務所を経営していて本人も両方の資格を持ち、大層なお金持ちだ。問題はその妻で、同じく弁護士だった最初の妻が逐電したあとの現在の妻は能天気で派手好きで、食事の席でも共通の話題などない。しかし月曜日の昼食には彼女は加わらず、旧ソ連圏のどこかから来た母娘が来るというので、義姉にどこの国の人か確かめるとジョージアだという。ジョージアってどこだと訊く夫に、以前はグルジアと呼ばれていた国と説明したら理解した。


その親子が G の家に滞在しているのは、娘さんの顔の怪我の治療を受けるためだった。Gとその妻は Interplast Germany(以下 IG )という NPO の支援者である。(わが夫も寄付をしている。)G の妻の関心は専らゴルフと豪華客船の旅だがたまには善行もと意外に協力的で、おもに開発途上国で戦争や事故や暴力、あるいは動物に襲われて顔に壮絶な怪我を負った、特に若い女性と子供が、顔面修復手術を受けるべく IG によってドイツに招かれた際の長・短期の宿泊を引き受けている。

その契機は同 NPO の長である B 博士が同じ町の出身だからで、B 博士の専門は形成外科、分かりやすく言うと美容整形でそれで財を成したのだが、あるときその技術を戦傷の治療に応用することを思い付き、そこから顔をほとんど失って社会に出られない人々を施術で救うプロジェクトを立ち上げた。仲間の外科医はみなボランティアで、いずれもそれぞれ病院で正規に働いているので、患者が途上国からやって来るとなると順番に休暇を取って執刀する。目や耳の修復は別の部門になり、主に顔の下半分を可能な限りもと通りにするのが目的で、鼻もあるが上顎・下顎の手術が多い。また頻度が高いのが口唇口蓋裂(俗にいう兎口)であるが、主に新生児を対象にしたこの手術は比較的容易らしい。


さてそれで月曜日の昼に指定のレストランに行くと、Gは既に外国人の母娘とテーブルに就いていた。14 歳だという娘さんは大きなマスクで怪我をした顔の 3 分の 2 を隠している。しかし母親の方に目を向けてあれっと思った。優しい面差しでどちらかといえば東アジア人の容貌なのである。いや、東南アジアの中国系女性にもこういう顔立ちの人はいる。「グルジアの方って聞いたけど」とGに確かめると、「違うよ、キルギス人だよ」という答えが返ってきて、おお、またもや中央アジア、と偶然の事態にのけぞってしまった。

娘さんの傷は、高圧電気の流れているケーブルをなぜか口にしてしまったためで、鼻の下から顎全体が破壊されてしまったのだという。手術にはかなりの時間を要し、三度に分けて行われ、それが完了するのは四月末になるとのことだった。

興味深かったのは、キルギス人一般の言語は上記の通りロシア語で、G はコミュニケーションに苦労していたが(レストランとその周辺ではスマホが使えなかった)、義姉の介護士であるポーランド人女性が少しロシア語ができるので、食べ物や飲み物の注文に手を貸してくれたことだ。またルーマニア人の管理人さんも、単語ならいくらか覚えているという。旧東欧諸国はロシアに少なからぬ恨みがあり、1991 年のソ連崩壊を待たずして汚れた服を脱ぎ捨てるようにロシア語と決別した。だから 50 歳前後の二人ともここ 30 年余りロシア語を使っていなかったのだが、それでも義務教育で強制された知識の名残が大いに役立ったというわけである。


同時にキルギス人の母親は少しだがドイツ語が分かるらしく、ときどき私と目を合わせてうなずいたりした。G が「ドイツ語の習得が早いんで驚いているよ」と言う。順応性のある勤勉な女性に違いない。G にキルギスからドイツまでの経路を訊くと、フランクフルト―イスタンブール間は空路で、イスタンブールとキルギスの間は車だがそれに 2 日を要するというので、これにはたまげて「誰の車なの、まさか自家用車じゃないでしょう」と私が言うと、彼女は小さな声で「タクシー」と言った。会話の内容を理解しているのである。

翌日、夫の田舎から帰途に就く前に義姉宅でまた G に会ったので「あのキルギス人のお母さんは昼間何しているの」と尋ねると、これまた驚いたことに「働いている」という。町のスーパーで人手が足りないので商品の整理・並べ替えなどを手伝っており、いくら豪邸でも娘と二人で終日家にこもっている気にはなれず、何かしたいと仕事を始めたのだという。あ~、暇さえあればネイルサロンに通う厚化粧のウクライナ「難民」女性たちに、この人の爪の垢を煎じて飲ませたいと思った。彼女一人との出会いで、私はキルギス共和国の未来を応援する気になったのだった。

 
 
 

2 Comments


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Apr 14, 2024

陸続き、水脈と言えば、日本は関係ないとあまり報道されませんが、インドと中国の国境辺りもいつも不穏なようです。そういえば、とうとうイランがイスラエルを攻撃しましたけれど、イスラエルによってどんな迷惑を被ったのか、どんな恨みがあるのか、さっぱり分かりません。もしイスラエルという国やユダヤ民族がいなかったとしても、今度はイランのシーア派とアラブ人のスンニー派、その他の派との争いが起き(実際イエメンやシリア、イラクなどでは起きている)、この中東地域に平和が訪れることはないでしょう。当人たちが望んでいないのだから。


InterPlast Germany (この綴りの方が正しい)の活動については、手術を受けた人の写真を紹介するのにちょっと躊躇しましたが、だいたいこんな感じということで、インターネットにも出ていましたので掲載しておきます。手術のあとは残りますし、完全に元に戻すことは難しいけれど、何とか人間らしい顔になって社会復帰ができるということだけでも大きな進歩です。



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Unknown member
Apr 14, 2024

世界は広く複雑で問題は錯綜している事は想像はつくものの、、どこがどう結びつくやら調べるほどにちんぷんかんぷん。 このように解説していただくと国同士が陸続きであるからというだけでない、、人間の生活の死活問題である水脈も(金脈?も)また国境もまたいで流れているわけで水源から遠ければ尚更おちおちしてはいられない事情がよくわかります。 二重まぶた。二重あごがどうのとか鼻の高さが気になっている現代人が多い一方で、、話題に取り上げてくださった顔の原型をとどめない悲惨な状況に対応しようと活動されている方もいらっしゃるのですね。 朝起きてゆっくりと今日の暇つぶしを考え夕方になれば晩酌のつまみの心配をしている僕はちょっと後ろめたくもなります。 高齢者になってなるべく人に迷惑をかけない自己管理はもちろんのこと誰かの心配をすることが出来るような活動は特に技術や知識がなくても大それた事でないかぎりできるかもしれないので課題にしたいと思います。 今回も複雑な問題をわかりやすく筋道をつけていただきましておかげさまで理解が…つまりその…世界をよく理解していないということが理解できました…ありがとうございました❣️

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