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執筆者の写真クレマチス

こんなことがありました――ドイツの黒い森から 15(びすこ)

昨日(7月11日)の夜 9 時から始まったロンドンでのサッカー欧州選手権 EURO2020 の決勝、イタリア対イングランドの試合は、英国を除く欧州諸国のほぼ全員の願いが叶ってイタリアが勝った。大勢の人がイタリアを応援したのは、彼らが好きだからというよりとにかくイングランドを優勝させたくない、という反発がこのところ高まっていたからで、よくぞやってくれた、という反応である。

先月 11 日に始まった欧州選手権では、順調に勝ち進むイングランドを嫌悪する人々が日ごとに増えていった。それは選手や監督のせいではなく、観客の一部(いや大部分)と場外・巷のイングランド・ファンのあまりの不作法・無礼のゆえである。フーリガンの狼藉は今や世界中が知っているけれど、彼らをスタジアムから追い出しても、それ以外の観客のマナーも話にならないほどひどかった。


先月の 29 日にはドイツとの対戦があり、強豪ドイツは一敗地にまみれた。ドイツの慢心ぶりは 2018 年の惨敗で改められたかのように見えたのに、やはり何が災いしたのか今回もさえない闘いぶりだった。

この試合でドイツへの侮蔑の言葉がイングランド側の観客から投げつけられ、それが第二次世界大戦でのドイツの敗北に関するものだったことから、単に敵のチームへの嘲笑を越えているとドイツ人は憤ったが、戦争の話になるとドイツはからきし弱い。ナチを持ちだされると何も言えない。

そもそも、言葉によるあらゆる攻撃と誹謗を欧州でドイツ人ほどおとなしく聞いている国民はいないと思う。それが激化するのがサッカー試合の最中で、以前にミュンヘンで、ドイツに勝ったセルヴィアからの移民・季節労働者たちが何台かの車を走らせながらドイツを罵る言葉を連呼して行ったときには唖然とした。彼らバルカン半島の人々もまた、ナチを持ちだせばドイツは抗弁しないことを知っているのである。

終戦から 76 年、第二次大戦で戦ったドイツ人の曾孫の世代になっても、ドイツはなおこのような侮辱を甘受せねばならない。これが「社会正義」というものなのだろうか。


しかし今回イングランド・ファンの暴言暴挙に怒ったのは、ドイツだけではなかった。彼らは相手のチームすべてを侮辱するのである。ドイツとの試合の前にドイツ国歌が演奏されたとき激しいブーイングがあって、それも「敗戦国」への悪意・嘲笑かと思ったら、準々決勝のデンマークとの試合でも同じことが繰り返された。ドイツ人はデンマーク人に親しみの念を抱いており(何しろ北の隣人だし)、生活水準や価値観も共有するところが多いので、北欧諸国と共にイングランドへの憤りを募らせた。

最終試合を前に、英国のニュースでスコットランド人が「イタリアよ、イングランドを打ちのめしてくれ」と言っているというニュースを目にした。

ここで注意すべきは、イングランド・チームすなわち英国チームではないことで、英国という言葉は英語では United Kingdom (UK) であることから分かるように、イングランド、スコットランド、ウェールズ、(北)アイルランドをユナイトつまり統合した国家なので、国内でのこの違いはそれぞれの地域人にとって極めて重要なのである。

スコットランドやアイルランドの人々の間では、数百年にわたりイングランドに侵略され搾取されてきた恨みがいまだに根強く残っている。そしてイングランド人はかなりの割合で今もアイルランドを蔑視している。

現在 80 代のアイルランド系の女性の話によると、イングランド人と結婚したところ、アイルランドなど植民地以下の存在とされ 姑・小姑から徹底的にいびられたそうである。そういう歴史的・社会的背景もあって、英国のEU離脱に際しスコットランドはそれに連座することを拒んで独立運動を展開しており、アイルランドの扱いを巡ってもここ数年揉めているのである。


さて、そんな状況でイングランドをガツンと言わせたい人が増え続ける中、日本風に言うと「心温まる話」があった。言っておきますが、つむじ曲がりの私はこの表現が好きではありません。使い古されたクリシェということもあるし、なんだかべた付いた感じだから。それから「感動秘話」なんてのも御免被る。

じゃあ何といえばいいの、って? うーん、ちょっといい話、程度でしょうか。でも今回のはやや複雑で、だから興味を惹かれたのだった。

ドイツが敗れた直後に、ロンドンのウェンブリー・スタジアムで試合を観戦していたドイツの家族の写真がネットに流れた。泣いている小さな女の子と、その娘を抱いている父親の姿が何とも不憫な印象であったが、その写真に対し、イングランド人から「泣けよ、もっと泣け、お前の国に殺された人間はたくさんいるんだ」などという言葉が次々と貼り付けられた。


ここに掲載した写真には、「お前のじいさんがアンネ・フランクを殺したことを俺達が忘れていると思うか、このナチのチビ娘」とある。(「アンネ・フランク」の綴りが間違っているが、こんなことをいう人間の頭にふさわしい。)


もちろん英国にはまともな感覚の人間も多くて、同国人のこの種の恥晒しにこれは何とかせねばと考えた人々もいた。ジョエル・ヒューズというウェールズ人もその一人だった。ウェールズのニュー・ポートの人だからイングランド人ではないが、英国人の誰もがこんな蛮人と思われるのは耐えられないと、この少女を慰める方法を考え、ネットで募金した。500 ポンド( 7 万 5 千円)も集まれば、それでこの女の子が何か買って少しは傷を癒すことができると思ったようだ。

するとたちまち 2 万ポンドを超え、3 万ポンドも超えて、4 万 2 千ポンドになった。約 650 万円である。そこでこの家族を探し始め、もちろん今の時代だから何千万もの人がこの写真とヒューズ氏のキャンペーンを見ていて父と娘は見つかったが、彼らはその寄付金を辞退した。「ご厚意には感謝しますが、私どもはプライバシーを守りたいので、そのお金はどうぞ子供のための慈善団体に寄付して下さい」との返事であった。

それで UNICEF に寄付されることになったそうだ。ここで再びへそ曲がりぶりを発揮させてもらうと、私は UNICEF が嫌いである。何かの記事で、この組織に寄付された金額の最低 7 割は職員の人権費に消えると知って、私は国連職員のシッタイ(失業対策のことだが今は死語かも)に手を貸すつもりはないと、グリーティングカードを買うのもやめた。あくまでも私の嗜好ですから、皆さんはお気になさらず。とにかく相手がちゃんと見えない場合には、私は貧者の一灯を渡すつもりはありません。


夫に「パパもお嬢ちゃんもお金は要らないって言ったんだって」と報告したら、「まともな人たちだったんだね」という反応が返ってきた。

でも最初からまともでない人達はこの話を聞いてもまともにはならず、「さあ、みんな、わあわあ泣いてカネをもらおうぜ!」などという声がツイッターに続々だそうである。

まあ、救いがたい人はどこにもいますけどね。

私はそれより、この写真に見る父親の表情にジンときた。ドイツ人としてさぞ悔しかったろうが、娘のためにじっと耐え忍ぶ顔がいい。勝利に酔う馬鹿っぽいドイツ男よりも、静かに敗北を受け入れる苦行者風の姿の方が似合うような気がする。


閲覧数:40回6件のコメント

6 Kommentare


karen1434
karen1434
13. Juli 2021

欧州には平和主義の人は少ないのでしょうか?気性の激しい人と大人しい人の割合は国によって、気候によって多少違うのでしょうが、確率的にはどうなのでしょう?

スポーツの世界でまでそんな差別が蔓延してるなんて悲しいですね。

サッカーは特にそうなのでしょうか?

アメリカでは、日本の大谷翔平はヒーローになってますよね。

実力さえあれば、アメリカ人はちゃんと黄色人種でも認めてくれる民主的な国だな~と思いますね。(黒人差別はあるけど、スポーツの世界ではそんなことはないと思っていますが。

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hmdhonau
13. Juli 2021
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はい、気性の激しい人と大人しい人の割合は国によって違うと思います。日本は「和」を重んじる国と言われますが、こちらに来て間もなく、語学学校に通っていたとき、「和」とか「調和」とか、そんなものからは何も生まれない、と軽蔑するような口調で言われたことがあります。なぜ喧嘩を売りたがるのかしら。


何も生まれないということはないはずですが(戦争している国では芸術も文学も居場所がない)、欧州の人々にとっては「戦って勝ち取る」ことが重要なので、人生そのものが勝敗のあるスポーツなのでしょう。


「平和を!」などといいながら、平和なんか欲してないように見えます。いや、その平和を得るために戦うのが楽しいのかもしれません。私などから見ると、ずいぶんエネルギーを浪費しているように思えます。そしていつもうるさい・騒がしい。普通の日本人には暮らしにくいですね。

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繁 大村
繁 大村
13. Juli 2021

比較する項目はいくらでもあり、そういう楽しみ方をする人もたくさんいて、その上分かりやすいと言う3拍子揃った人間の弱みと好みに相性ぴったりとでも申しましょうか、ご苦労様としか言いようがありません😉

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hmdhonau
13. Juli 2021
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こういう経験をすると、人間ってやっぱり自分が見下せる人がいて安心する生き物なのかな、と思ってしまいます。人は人の下に人を作るんですね。


ラッシュフォードの件ですが、昨年夏に政府が貧しい子供への無料の食事提供をコロナで中止すると言ったとき、自分の子供時代にこの制度で救われたことから、どうか止めないでくれと政府に訴えかけて、ジョンソン首相以下それを聞き入れました。


今回、イングランドどうか・ファンからシュートの失敗を罵られたことについて、その点は力不足をお侘びする、しかし自分という人間、自分の出自については、詫びるつもりはない、ときっぱり。やっぱりカッコいいわ。

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繁 大村
繁 大村
13. Juli 2021

相手の弱みにつけ込むのが弱肉強食の世界、救いがたい人はその世界をよく理解する連中だ、支持する連中もいる、目立つそれが連中の目的の一つ。それが目に余るほどでも必ず復活する、効果があるからだろう。一連のショーから何かを読み取ろうとしている連中もいる。 耐え忍ぶ人は目立たない世を忍ぶ人も浮かばれない、浮かぶ前にやる気が失せる。制度?はそれも織り込み済みだったりして。 敗者復活戦を制度の中に織り込む、あるいはうまい活用法を考えるときかもしれませんね、体力勝負と言うことになれば年寄りとハンディを負わされた弱者に勝ち目はない、アイディア募集中です。幸い年寄りにはお金持ちならぬ時間持ちが多いので😉 掲載してくださった父親の表情からいろんなことを考えさせられます…ありがとうございました😌

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hmdhonau
13. Juli 2021
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国際舞台でのドイツ人はどうもパッとしません。日本人もですけど、日本人の場合は自己顕示欲があまりなくて(比較の問題)、まあ、しゃあない、とあまり気にしない。(7Gとか20G、目立ちたがり屋の安倍さんが消えて、ますます地味になった。)ドイツ人は体もでかいし、丈夫だし、欧州では一番金持ちだし、他国の人には面白くない存在。だから「敗戦国のくせに」という勝手な理由づけがあるんでしょう。日本人は敗戦国+有色だから、ますますやりにくいところがあります。


ロンドンでドイツ人もひどい目に遭いましたけど、目下被害にあっているのが、決勝のPKでゴールを外した3人。それが揃いも揃って有色。1人はナイジェリア出身の両親から、1人はトリニダード・トバゴからの移民の子。もう1人は西インド諸島の親からで、ここは長く英国の植民地だったからか、名前だけ聞くとマーカス・ラッシュフォードと英国系ですね。

このラッシュフォードはなかなかの人物です。ウィキにも出ていますのでご覧ください。


さて、人種差別となると、もちろん日本人も対象になりますよ。それも、アジア人を好んで差別するのは、欧州先進国で自分が差別されている(と感じている)東欧やバルカン半島からの出稼ぎが多いのです。レストランやカフェで働いているアルバニア人とかスロヴェニア人など、アジア系のところへはわざと注文を聞きに来ない。声をかけると、煩そうに「後で」などと言って、すぐまた無視。白人にはいそいそとサービスする。結局諦めてカフェを出たことが何度かあります。(観光地のオーストリア、ドイツならミュンヘンあたりでの経験が多い。スイスでそれが無いのは、夫によるとサービス業界での従業員研修が行き届いているからだそうです。)


これって、差別のペッキングオーダーですよね。自分たちが金持ち欧州人に差別されていると感じる一方で、アジア人は自分が差別してもいい人種だと思っているのです。「たかが黄色人種じゃないか。なんだかんだ言っても俺は白人なんだぞ」という意識が丸見え。弱者・強者という区別には、なかなか複雑怪奇なところがあります。

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