9月24日(日) 曇り時々晴れ予報現在20度 秋に包まれている
昨日はすっかり涼しくて朝から仕事をする気になりました。このところ兄の事や自分がまいた種まきの後始末でてんやわんやでしたので気分転換には仕事が1番。
四つ木御殿に行って運び込んでおいた高さ六尺近いカードボックスを2つにノコギリで切り、2つの薄い本箱にしました。
むき出しになった端面にペンキを施して見栄えを良くし壁に固定すればあっという間に出来上がりでです。昨日のところは30分ほどかけて2つ割にしておしまい。仕事するというよりは単なる気分転換。
今だけ頭の中が混乱していますが混乱しているときはいつものように混乱したままにして1日2日放っておくことにします。
放っておけば気分が少し収まる事案、お酒を飲んで晴らせる程度の憂さなら、特に身体に触ることも少ないと思います。
それでも抱える問題が多くなればそうも言ってられなくなる。その場合には仕事をあちこちに押し付けるか、断っていく。
生活はこの繰り返し、、その分相手の気分を悪くさせた事は自覚している。人生の帳尻が合うか合わないかは、、気の持ちよう…なんだかんだと言って自分の都合の良いように合理化するのが人間だと僕は思っています。
特に書くことが思いつかなくてそんなことなら書かなければ良いのですが…昨日はこんな気分だったと思い出すために書き記す感じ。
甥っ子たちに僕の気持ちを伝え兄の今後の対処について本当のところどうなのかを探っていたところ、考えを聞き出せたので僕としてはある程度落ち着くところに落ち着いたかなぁと感じます。
お互いの納得の行く範囲を時間をかけて話し合い、妥協点を探って当事者それぞれが納得するという基本的な方法が結局一番近道なのですが、その近道でさえ、それなりの体力が要求されます。
覚悟の問題だけでなく老人を取り巻く環境整備は、社会的な課題でそれぞれの現場のチームワークで懸命な努力でなされていると思います。
人間は誰でもそうだと思いますし、誠に当たり前のことですが…歳をとったらフェイドアウトのストーリーはやむなく周りで考えるか本人が考えるか、の2択だと思います。
願わくば後者でありたいと思うのが人情だと思いますが…そうは問屋がおろさないのが人生、、先は短いのにまだ道半ばの感じ、考える事はたくさんあるのに先延ばし…これ、また人間だなぁと思いますね。
一昨日は忙しくて長い一日、昨日は暇で長い一日でした。
秋が来て夏乗り越えた次は冬
お兄様の場合はいちまるさんに助けられての老後と言っていいでしょうが、そもそもいちまるさんはお母さまの最晩年にもしっかりお世話なさって、その話を伺ったとき、お兄様はいずれその恩を返すおつもりだろうと思いました。でもそうはいかなかった。ご自分が病気になられ、恩返しどころかまたもや次男に世話にならざるを得ない。
私の夫の姉・兄の場合も状況がちょっと似ていて、義姉には迷惑を掛けられっぱなしでしたが(このへんはお兄様とは違うけれど)、金持ちでインテリなのが自慢だった彼女もそのうち80歳過ぎたら倒れて、それまで馬鹿に仕切っていた下の弟に頼ることばかり。幸い25年余り働いてくれているしっかり者の50代のお手伝いさんがいて、彼女が義姉の金銭の出入りを管理してくれているので安心ですが、でないと今頃はたかる親戚に全部盗られてすっからかんだったでしょう。そのお手伝いさんから相談の電話がよく来ます。たかりやを追い払うためです。二番目の弟である私の夫と娘代わりのお手伝いさんとで団結して87歳の老女を守っている。
昨日夫に、世の中お互い様とかいうけど、なんだか「与える人」と「もらう人」はその役割を固定されているようで、夫のように一生与えてばかり、義姉のように一生もらってばかり、というケースの方が多いね、と話したことでした。