7月28日(金) やや曇り予報
3480円の特価の扇風機を買ってきた。気分的に扇風機の風が欲しい時に2階で使うためです。
蒸し風呂のような昼間の暑さから夕方少し解放された時、、
タオルで体を拭いて、缶ビールをプシュっと開けてクイっと喉を潤す。すだれを下げてみたり、夏用の衝立立てたり、うちわをなるべく使ったりして「昔」を楽しんでいます。
エアコンは就寝後2時間ほどつけておく、、後は自然の風を入れ扇風機をゆるゆる回す。
この夏を乗り越えれば…今住んでいる家の春夏秋冬を味わったことになり体に馴染んできました。
一日誰とも口を聞くことがなくても…なんとなくいろいろな人と頭の中で言葉を交わしています。昔はみんなこんな風にしていたんじゃないかなぁ。こうやって暮らしていけるとは思いもしませんでした。
下町は今でも門構えのない家が多いです。それが精神構造を育む…そう考えると愉快です。
LSD-兄ケビンのこと:マヤ・ヴォイチェホフスカ作/清水真砂子訳:岩波書店1983年5月第1刷発行
兄ケビンが落ち着くところへ落ち着いてやれやれとほっとしたことが読後感想です。
大学に行って…急に知的になってしまった僕の友人たちのあの学園紛争の「浮かれ様」はなんだったんだろうとずっと疑問でした。ヒッピーは世の中にどんな影響を及ぼしたのか。あの後に来たウーマンズリブも確かに世の中を変えた印象はある、若者が活躍できる時代、女性が活躍できる時代、次は貧乏人が活躍できる時代なんてのはどうですか?
今僕が興味ある事は…人間にとって貧困とは何か…ということです
早速アマゾンで取り寄せることにしました
「人間にとって貧困とは何か」
西澤晃彦著:放送大学教材
貧困を撲滅できる金はある、大企業の内部留保を回せとか富裕税を作れとかいうことではなく、、(なぜそういうことではないかというとそういう理由では反論が多すぎるのだ)貧困層を活性化することが世の中を良くし、経済を活性化する、これが1番手っ取り早くて安上がり、という結論を引っ張り出すためのトライです。「既成事実」を作るために学者に対する研究費用捻出するためのクラウドファンディングをなぜ若い人たちは立ち上げないのでしょうか。事実であるか事実でないかが問題なのではなく「事実を作り出す」という使い古された、今も有効な為政者の常套手段を転用するのです、ふ〜。
ベーシックインカムを保障するというのもひとつの手ですよね。なんでこれを政治課題にしないのか不思議でしょうがないです。
べーシックインカムで気持ちに「余裕」をプレゼントする。見返りはあてにしない。そりゃそうでしょそんなはした金で何か新しいアイディアをもらおうなんて厚かましい。どう考えたって社会に余裕は必要でしょう。そのためのベーシックインカムです。生かさず殺さずの生活保護よりよっぽど効果が上がると思います。
考え方の柔軟な若い人たちからこの意見が出てこないこと、余裕たっぷりの老人たちからこの意見が出てこないことに不満です。重要度順はメディアが決めるわけではありません。官僚は淡々と「既成事実」で実績を積み重ねている、政治家はその「既成事実」にあっという間に飲み込まれてしまう。
既成事実が正しいわけではない。
きたるべき世の中は「重要度順」は納税者と社会的弱者が、決めることにしたらどうでしょうか。
京都の町屋の写真なんか見ると、奥にずーっと長くて真ん中に中庭があるんだけど、イヤー、こりゃ暑いだろうな、と同情する。でも鹿威しが庭にあったり、簾がかかっていたり、見た目に涼し気な工夫をしてある。食べるものも同じ。涼しそうな朝顔の模様のゼリーとか、茗荷や生姜の千切りをかけた冷や麦とか。暑さと湿度を視覚的に防ぐ、日本人ならではの工夫ですね。こういう点は、何でも数値で考える若者よりむしろ年配者の方が柔軟だと思う。
<きたるべき世の中は「重要度順」は納税者と社会的弱者が、決めることにしたらどうでしょうか>なるほど。
私は納税者の意義が軽視されていることに以前から腹を立てていて、納税額の多寡だって考慮に入れてほしいと思っていました。ただ、それをやると戦前の高額納税者の特権みたいなのが復活する。(わが家は地主だったので、相当な高額納税者だったと、貧乏士族から嫁に来た母が自慢するのが、もうたまらなく厭だった。ふん、口減らしに嫁に来たくせに、と心中で罵っていました。)
しかし弱者・貧者の声も混ぜて・・・というなら公平になりますね。その混ぜ具合が肝心なんでしょうけど。