7月1日(土) 曇り時々雨予報
人生の折り返し点はとっくのとうに過ぎてしまったけれど、今日からまた新しい半年が始まる。
昨日1階の窓の手すりに腰掛けながら…老年期の今は青年期のひところのような感覚があるということに気が付きました。
時代が日本の高度成長期であったことも関連していると思いますが…明日のことなんか何も思い煩わない…何とかなる、と思っていたあの頃。
今また、少しばかりの収入は確保できて贅沢しなければ何とか暮らしていけるメドはついている状態だ。無理してあの頃と同じだと思ってみる。
若い時とただ1つ違うのは自分の能力の限界が見えていてやれることもたかが知れている…納期が迫っているゆえに。
上等じゃなねーかと思う。最後までジタバタしてやる。
(昨日平家物語のダイジェスト版のような本を途中まで読んだ。おそらくは中学生か高校生向けに噛み砕いてそれでも楽しめるような、原文と並行させながらその文章のリズムの面白みをも伝えていく優れものだ。僕はそれを高校生気分で読んでいる。
そうだ、ことのついでに…今日から夏休み気分を味わうことにしよう。
いつも行くプールでは…たまに近くの学校のプール授業が入ることがある…学校にプールがなくても近くの民間施設でのレッスンが始まっている。なるほどなぁと思いました。分業化がサクサクと進んでいる。
ビジネスの面で言えばネットで広くそれこそ投網ように集客する方法と地域密着型にドアツードアで客に接触していくビジネスが平行して進んでいるような気がしています。
現場ではどう動いているんだろう、どう考えているんだろう、どう悩んでいるんだろう、取材が必要だ。
つなげていく、つながってゆく長い腕がほしいなぁ、それこそみんなが欲しがっているものだろう。
贅沢しなければ暮らしていける。そして、最後の最後には「お金が足りないから」という理由で病気になってもほったらかしにされることはない。それで十分だと私は思います。
こちらでは90年以降のバブルがはじけてからの日本社会を揶揄する記事が目に付くのですが、その時期に日本にいた英国人が「日本病とか言うが、日本人は結構幸せそうで文句言ってなかったぜ」とコメントした。それについてエコノミスト誌が「日本人は禁欲的だからそれでいいが、欧米の人間の場合はそうはいかない」と書いていてびっくりしました。
自分を禁欲的と思ったことはないけど、そもそもあまり大きな望みや箍の外れたような欲望を持たないという傾向(比較の問題)は日本人の特徴かもしれません。つまり、慎ましい日常に不満はない。それを欧米人は「禁欲的」というのでしょうか。