6月25日(日) 曇り、最高気温30度予報
人と会って別れる時、顔色を見ながら場合によっては無理言ってでも、いちどだけ握手してもらって別れることにした。Goodbyeは早めに、、誠意は言葉と態度とお金で示せ💰このシーンでは関係ないかな…😉
さよならだけが人生だと言ったのは誰でしたっけ?中国の詩人?
あちこちの本をつまみ読み?してるうちに、、選択肢が多い世の中が、より良い世の中という定義付けをしていた僕ですが、、選択肢が多いように見えて実は制限されているというのが現代ではないか仮定してみました。
最大多数の最大拘束、民主主義の悪用です。手にしている自由を使いこなせるほど自由の使い手ではない現代人、と無理しての仮定です。最初に契約で拘束しておいて選択肢を狭めている誰か?
センサーシップ、検閲をよりソフィストケイトして適用している。
右に左にゆらゆらと傾きながら生活している中で毎日の羅針盤のように方向を指し示してくれるのはやっぱり本だということに改めて気がつかされました。
とにかく言いたいことがある場合、真情の吐露は本に「固定」されている、「文字」によって、、その安心感。
言ってしまった以上後で抹消したところで、いずれその気持ちはそれを読んだ人の心に残る。その投げ込みは少なくともその時の真実。文字に残す事はその時の気持ちを石に刻むことと同じだ。後で間違ったことが判明した場合でもその時の真実はそこにある。後で恥をかこうが、ズバリ言い当てていたのだと思おうが、それは結果論。言いたいことを今言っておく。まとめて言っておく。すべて遺言だ。そう思う。誰も見てくれなくても良い。文章に残す。小学生でもできる行為。
(昨日堀切のNハウスで若者が中心で朝から開いていた野菜市へ行ってきた。
途中、ノーポイさぽーたー倶楽部のKさんが作ってくださったNoぽいサポーターの腕章をつけて、道々、空き缶の中にタバコを拾って歩きながら目的地に向かいました、人や自転車や自動車にぶつからないように周囲に目を配りながらゆっくりと拾っているうちにあっという間に200本ぐらい吸い殻が集まった。
短いトングで挟んで拾うので200回位膝の屈伸運動をしたと同じ。
見て見ぬ振りの視線を感じながら散歩を兼ねて暇つぶし…とても面白いです。最近の僕のフィールドワークの1つです。子供の頃の凝り性の良い一面が出ていると思います…あはは。
野菜市で少し買い物をし…人がワンサカ集まってきたので逃げるようにして帰ってきました。人混みは刺激が強すぎる。
今日も暑くなりそうなので熱中症に注意して家にこもって読書、晴耕雨読ならぬ、引きこもり読書が体に優しい。
昨日母の補聴器をつけてギターを弾いたら音が聞き取れるので、ギターも、トランペットやキーボードとともに暇つぶしの仲間に加えました)
さきほど書き忘れましたが、陋屋記の184番もやはりコメント欄しかありませんでした。何か差しさわりのあることを書いたんですか、なんて詮索しちゃって。
先日こちらの新聞に珍しく中国人による中国社会の評が出ていました。現在50歳で、英国のオックスフォードで学び、そのあとベルリンのマックス・プランク研究所で研究して、欧州と中国を行き来している人とか。中国のスターなんだそうです。よく検閲されませんね、という質問に、当局の検閲を逃れるコツみたいなのを書いていましたが、中国政府としては、こういう優秀な学者も自国にはいて、それが自由に発言できる、ということを示す広告塔のように利用されているのではないでしょうか。