11月24日(木)晴れ
昨日、プールから帰って少し読み、今日、早朝また読み出して、読み終わった…魔の山。語り部の力を思い知らされました。
オペラ、カルメンの愛の刃、若い軍人ホセの葛藤、小説の幕間のような、ハンス・カストルプが夢中になるレコード演奏の短い記述なのにまるで真に迫った情熱の嘆きが聞こえてくるような語りです。
ヨーロッパが火を吹いたところで物語は終わる、戦争だ。人間には物語が必要だと改めて認識した。無神論者を気取っていても始まらない。人間はある時バタンと幕を閉じてしまう。その不合理に立ち向かうために必要な物語だ。物語が存在するだけでは不十分だ。物語は語り続けられなければならない。語り部が必要だ、いつの時代でも。
おかげさまで三文文士にとっては恐れ多い動機をいただきました。
お片づけクラブ(断捨離)数名応募があったので12月2日旧宅で顔合わせ会をやることにした。ものは一切捨てないでコンパクトにまとめる方法の提案とか、僕が実践している方法等を直接見ていただきたいと思っています。
昨日の2時過ぎに一段落ついたので自由の庭に行って、展示してあった素敵な手作りの袋ものを2つばかり購入して、ごーぎゃんさんのボリューム満点のミートソースを美味しくいただいた後、お集まりの方と認知症についてのあれこれについて情報をいただきました。実体験の話が1番参考になりますね。
今日は午後から新しくギターのメンバーになった方がギターの受け渡しのために訪問してくださる。余分にあるギターを使っていただくので、無駄にならなくてよかったなぁと気持ちが良いです。僕の愛用の中古のギターはアコースティックギターにクラシックギターの弦を張ったものです、たまに音が濁るのでそれが気にいっています…あはは。
(新宅の2階へ上がる手すりが鉄パイプであるのが分かったので…これを木製のものに変えることにした、これだけで手が冷たくない)
そうなんです、断捨離よりも、私にとっては無駄にならないということが一番大事なので、捨てることはあまり考えません。再利用がもっと促進されればゴミも減るでしょう。箪笥の肥やしだった母の着物も、甥の嫁に着てもらうと決めたら「余計な物を買いまくって」という腹立ちも消えました。私がこちらの婚礼で着た白っぽい紗の着物も、これで「一生に一度着ただけ」にならずに済む。(ただ、身長に20センチ近い差があるから、縫い直しに費用がかかるけど。)
認知症について「実体験の話」っていうのにちょっと面食らってしまいました。認知症の方が認知症の体験を話す?多分身近で認知症の方を世話された人の体験記なのでしょうね。
鉄製の手すり、和風住宅とのミスマッチが面白いかな。でも確かに冷たい。フェルトなんか巻くと夏に不快だし。やはり木はmaterial of all seasonsですね。