エンゼルス3回終わって8-0でリード、と今兄が電話してきた…電話、メール、LINEこのいろいろなアクセス手段が僕を安心させる😮💨声、息、文字、僕らの生命線だと思う。僕は今兄に…会っておくべき人に…僕も立ち会うので…ゆっくりと楽しみに会っていこうよ…と兄がその気になるまでしつこくならないように寄り添って勧めていこうと思います、かつて兄が僕が意気消沈しているときに旅行を勧めてくれたように。
ところで… LINEトークで…ひさこさんやみやこさんから吉村昭の名前が上がり…戦記を読んでとても読み応えがあった記憶が蘇り…この作家について知りたくなりその周辺に関する本を2冊図書館にリクエストしました、妻の津村節子や彼が本で言いたかったこと…を知るためです、ミーハーな僕。
と、ミーハーじゃいられない、昨日の続き、、完全読解: オウム真理教、第九章から引用します…僕のへなちょこな読解は雑音ですのでカットします😞
ちょっと長いですが…引用します、文中※部分は僕が加えました。さすが考古学者の面目躍如、無学な僕は恐れ入るばかり。
238〜241ページ
自分自身に価値を見い出すことのできない不安な私たちは、金やものに限らず、学歴や社会的地位などの他人との差異(サイ:傍点付き)を表示する記号的な価値を求めて優越感と劣等感を車の両輪として競争してきた。この日本的自己実現のパラダイムを受け入れなければ他にいかなる道も残されてはいなかった。そこには人々の中で、人々とともに自分の存在の意義や価値を見いだすことのできる本当の社会はどこにもなく、利他的に人道的に生きることや社会に貢献して生きることはいかなる価値も持たなかった。それが今日までの日本社会であったことは認めなければならない。
信者たちがオウム真理教で行ったのは、そうした記号的な価値を自らに付着してしまった悪いデータ、悪いカルマ(※業:ごう)として捨て去り浄化することによって本当の自分に到達することである。そして日本的自己現実のパラダイムの中に決定的に欠落しているもの、本当の人生の終わり、死ぬ瞬間に彼らは人生の最大の価値を置いたのである。
彼らが作り上げたのはまさに「反」日本的自己実現のパラダイムに外ならない。そして、彼らが心から求めたのは、入信後の信者たちが口々に述べる、命をかけてもやるべき自分の「使命」、つまり存在の目的である。そしてこの日本社会に対する憎悪と、自分の使命という相矛盾するように見えるニ者を共に満たすのが現実社会を浄化(救済)するという思想だったのである。
ところで、ものによる自己実現、「ものを買えば幸せになる」という思想は市民社会の中から自然に生み出されてきたのだろうか。それは経済大国を志向する道の中で国家が国民に吹き込み続けてきた世界観、夢ではなかったのだろうか。オウム真理教が日本国家を物質界を支配する悪魔の手先と考えたのはある意味正しかったのかもしれない。
…中略…
この精神と物質、あるいは精神と肉体は一般に対立項として語られることが多いが、この両者は本当に対立するのだろうか。先史・考古学研究者という立場から検討しておかねばならない。
ヒトは左手の中の素材の石を右手に握った石のハンマーによって剥離して石器を製作する作業を数百万年間にわたって続け、その結果、自在に動く左右の手と、その手を動かし、イメージを操作し、剥離と言う物質的因果関係を捉える左右の脳を手に入れた。石を製作することによって左右の手は進化し、左右の手を動かすことによって左右の脳は発達する。そうして発達した脳と手を用いて彼の文化は新しい段階へと向かうように、ヒトの文化と肉体とは相互関係の中で発展したのである。ヒトの肉体は彼の文化が創り上げ、彼の文化はその肉体によって可能になった。つまり、ヒトは、ヒト自身が創り上げた特殊な人工物なのである(92「L'EVOLUTION DES FONCTION DES MAINS」竹岡俊樹「古代文化第49巻第10号」97年10月P 1)
このようにして私たちの基礎は出来上がった。しかし、それでも長い間ヒトは道具を改良することも自分の作業を改善することもできず、道具の発展は手と脳の進化と並行していた。
私たちのように対象を意識的に分析できるようになったのはニ重文節をもつ言語が成立した20万年前からさらに時を経た後期旧石器時代、3万年前頃のことで、さらに私たちと同じ段階に達したのは新石器時代から金属器時代、数千年前のことと考えられる(93「人類は20万年前に言語を獲得した」竹岡俊樹(日経サイエンス第24巻第10号」94年10月P32)。
なぜならこのころから道具は改良され発明され、加速度的な発展を始めるからである。ヒトはようやく私たちのように対象を分析し、思考するようになるのである。
そうしてヒトが分析の対象を自分自身に向けたときに「自分」とそれを観る「私」との乖離が出現したのである。つまり「自分」もそれを観る「私」も、私たちがホモ・サピエンス・サピエンスが創り出した人工物に外ならないのである。そしてその時「私」が自分自身を解釈するために発明したのが「精神」や「心」という概念なのである。
肉体やものとは異なり、「精神」とは実体のない概念に過ぎない。「精神世界」というものが存在するとするなら、それは私たちの巨大化した右脳ーに宿ったイメージと感性の世界、あるいはオウム真理教の「精神文明」のように脳から生み出される幻覚を核とした文化に外ならない。私たちは逃げてゆくべき真理の世界などどこにも持っていない。私たちは自分自身で作り上げた脳の中から出ることはできないのである。
彼らが真理の世界を叫んでみても、それは彼らの文化(ブンカ:傍点付き)にとっての真理であるにすぎない。殺された人々やその遺族たちにとっての真理であるはずもない。私たちにとってはこの生きている世界こそがすべてなのである。そしてこの市民社会はそれを前提として成り立っているのである。
確かにこの日本社会はものにあふれている。しかし問題はものを持つことにあるのではない。ものに自分自身の存在を託してしまうこと、それによって自己をなくし社会を失ってしまうこと、つまり現代日本の文化システムが問題なのである。
それにしても多様なマニュアルや試験制度や競争と嫉妬、また修行や解脱すらも機械や薬物に代えていこうとする異状なまでの技術崇拝など、オウム真理教の世界そのものが日本社会の悪しきミニチュアであったのは皮肉である。彼らもまた、「自分の性格で問題だったのは、ある組織に入るとその組織でいい子になろうとする訓練をずっと続けてきて、上司に逆らうということができなくなっていたのかもしれないことです」と述べているように(朝日96/7/5)、日本社会の中で教育をうけた若者たちだったのである。
元信者はサリン事件を実行したメンバーについて次のように言う。
「エリートの人たちがほとんどです。……そういうエリートの人たちって、本当に「いい子」なんですよ。上から言われたことはなんでもはいはいって聞いちゃうんです。批判もしないし、逃げもしない、なんだって引き受けちゃう。偉いですよ」(36「約束された場所で」P157)
大学を出て、就職するという平凡な人生に絶望して出家し、地下鉄サリン事件などで起訴された幹部信者は、教団の一斉捜索直前に、「地位が上がった」とうれしそうな声で家に電話をかけてきたという(朝日95/10/23」。麻原の意図とはいえ、彼らは自分が忌み嫌っていた「物質文明」、日本社会と同じシステムをここでもつくり上げてしまったのである。
引用以上。
作品の(僕が考える)肝心なところを引用するこのブログそのものはよくある詩文のアンソロジーの類なのだろうか、僕としては著者の本の風景?を類推させるようなスケッチ、クロッキーのつもりです。ウィキなどに見られるようにあらすじで提示するよりは部分引用による誤解を除けばちらっと垣間見る横顔の線とか、著者の力点、勢いの部分を提示した方が良いと思って引用しています。疑問に思った方はぜひ直接本に当たってご覧になることをお勧めします、イチオシです)
差をつける、、を比較する、と読み変えると…そもそも人ってそのぐらいの能力しかないのかなあと若い時から思っていました。ところがその比較能力の行使の結果たるや今にして思うといろいろな場面で絶大な効果を発揮し続けていると、あげてくださった実例で改めて思うところが多いです。例によって大雑把な言い方ですいませんが…その比較能力によって人間は長足の進歩を遂げたと強引に考えてみました。資本主義もまた、、(しつこくなりそうなので後略)。 煩わしい面を上げると…僕の場合降りかかる火の粉、とばっちり、は少ないのですが…避ける、近づかない、考えない、無視する、とぼける、などによって自分の身を守ってきたような気がします。 一例だけあげますと、ある時友人が…俺なんかさーQ大(学卒)でしょ、体力で勝負するしかないのよ…あはは→その友人は僕が高卒であることを知っていて無視している…言われた僕も笑っている。興味がない(こだわっていたこともありました)ので気配を消しているんだと思います。降りかかってきたときには…大体短くケリをつけています…ぼけてると言われれば→みんなそうなる。 大勢の人が集まるところが苦手なのは僕も同じです。自意識過剰と言われていました。本当のところどうであれ苦手なものは苦手、自閉症気味。興味の範囲が狭いとも、少ない範囲のこだわりに守られている、とも言えるかもしれません。案外自分自身を守る手段だったりして^_^ 吉村昭の海の祭礼、読んでみたいと思います、良いきっかけになりました、ありがとうございます😊