3月25日(火)
壁際に酒瓶を並べるための天板買いに行く途中で念のために立石図書館に寄ったら、折りたたみ式の小さなテーブルがあったので予定変更してそれを使うことにした。
家に戻りセッティングするとうまい具合に収まった。
気分がいいので、余力が出て、四つ木御殿へ行って台所の炊事場に区切りの垂れ壁を作るための横木を設置した。写真を撮って拡大したら、接合部の切り欠きが1ミリ位なんだけれど上手く納まっていない。ちょっと苦労して工作したので、また外して修正する気にならず、Qさんに報告して勘弁してもらった。ちょっと失敗の気分は悪い。目が悪くなったせいにして、なかったことにする。
昨日の昼食の話。
ホームセンターに向かう途中の友人に教わっていた食堂に入って、カツ煮定食を食べた。
13ミリ位の厚みのしっかりした肉がおさまったカツがたっぷりの煮汁で卵とじに仕上がっていて大満足。味噌汁に大根のおしんこまでついてきた。知る人ぞ知る下町の隠れた名店❣️なんちゃって。僕が知らなかっただけだ。今まで素通りしてたんだもんな。
1ミリの組み合わせの不具合の面白くない気分と13ミリの肉厚のカツ煮定食食べた上々気分で、この日も何とか気持ちのバランスを取った…なんちゃって。
うだうだとここまで書いて、、はっと気がつく…
昼間、僕がカツ煮定食を食べた店は、舞台、その舞台で息も継がせぬ忙しさをチームワークと腕で切り切り抜けるそのパフォーミングにみんな集まってきているのではないか…少なくとも店の味の半分はそこで決めていると思いました。
僕らもある意味、きっと誰だってほぼ毎日、舞台に立っている。
マルちゃんの赤いきつねと緑のたぬきは僕の定番です。出汁は3分の1位しか使いません。あとの3分の2は他の料理に使います。東洋水産のちょっとしたファンです。社運をかけた世界展開はヨーロッパにもらつとに浸透していたのですね。
いえ、いらばかして下さっていいんですよ。羨ましがりながら楽しんでいるのですから。
私は食べ物に関しては全然うるさくないので(衛生的でさえあれば)、外国の食べ物もほとんど何でも食べられるし香辛料も気にならない。
昔、北回りでヨーロッパに飛ぶにはアラスカのアンカレッジを経由しなければならなかった時代、そこにトランジットで降りた客がうどん屋めがけて突っ走り、長い列をなして並び、時間がないと急かされてドンブリから麵を掻き込みながら機内に戻るという話を当時のBAのスチュワーデスに聞いて大笑いしたことがありますが、若かったこともあってそれがよく分かりませんでした。
でも17,8年ほど前のこと、こちらで「じゃりン子チエ」の動画を見ていて、そこでうどんの屋台のシーンが出て来た時、わー、食べたい!と思いました。東京は蕎麦文化ですけど、関西はうどんですから。しっぽくなんか、名前聞いただけでよだれが。きつねうどんも好き。佐藤愛子さんが子供の頃風邪を引いて床に就いたりすると、ばあやがきつねうどんを作ってくれて、「うろんには滋養があるさかい、風邪なんてもん、すぐ治ります」と言われたとどこかに書いていました。ばあやもきつねうろんを啜りながら「あ~、おいしなあ、おいしいてたまらん」と言っていたんですって。
幸い近年こちらではカップヌードルが人気でスーパーですぐ手に入るので、ときどき食べています。インスタント焼きそばもあります。(高いのが難、320円くらい。)ちょっと遠いけどアジアショップにいけば、「赤いキツネ」も買えますよ。
え?そんなもんでいいのかって?ええ、こんなナンチャッテ和食、ドイツ人の言葉で「アナログ和食」でも、異国に住む身には有難いです。
因みに、土佐弁で「馬鹿にする」は「やしべる」っていいます。やしべられてもいいわ。
わが郷里・土佐の方言に「いらばかす」という動詞があります。これは西日本、特に九州でも聞かれるようですが、土佐の場合とは少し違って、(きつく)からかう、という意味のことが多いみたい。私の田舎では、これは「みせびらかす」「羨ましがらせる」という意味です。名詞形は「いらばかし」。
なぜこんな話をするかというと、
「カツ煮定食を食べた。13ミリ位の厚みのしっかりした肉がおさまったカツがたっぷりの煮汁で卵とじに仕上がっていて大満足。味噌汁に大根のおしんこまでついてきた。」というくだりを読んで、あ~、これいらばかし、と思ったからです。
ある作家のエッセイに、外国に住む日本人の友人たちに手紙を書いて「今、朝食をとるところです。目の前には炊き立てほかほかの真っ白いご飯と豆腐の味噌汁、それからよく漬かった沢庵・・・」とやったら、「いやな奴だなあ」とか「チクショウおぼえてろ」などという反応があったそうな。恋しい日本食を「いらばかされ」て腹が立ったのですね。うん、その気持ち分かる。