3月4日(火)
本の整理は面白い。なぜこの本を取っておいたのかと思うと、僕自身のその時々の心の振幅が見えるような気がします。
変わりようがない心とフラフラと揺れ動く心、、自分と向き合っている感じは本があるからこそだと再認識しました。
グループLINEでしゃべってみたり、ブログで語ることも本を読むのと同じかもしれない。自分に言い聞かせている部分が垣間見える。
本を読んだり、しゃべったりして、つかみ切れない自分自身を何か表現している気になっているのだろう。
他人を頼っていくとともに、頼りになるのは自分しかいないという気持ちも一緒に引きずっていこう。
本の整理は私の目下の課題の一つです。こちらで亡くなった友人の友人が遺した本が無数にあって、そのかなりの部分を私がもらいましたが、一つ一つ中身を見ている時間がなくてまとめて持ち帰ったため、手元に置いておいてもまず読みそうもない種類もありますし、古いので字が小さい上に薄くなっていてちょっと無理というものも。
でも、日本語で何も読む本がないのは詰まらなくて、うーん、こんなの、と思うものでも読んでみると意外に面白かったり。(古臭いように思える女流作家の小説は、語彙の勉強になります。)
今日新聞に曽野綾子さんの訃報を見ました。この人のエッセイは数冊読みましたが小説は記憶がない。でも少し前に短編集を読んでみたら、それがとてもよいんです。食わず嫌いではなく、読まず嫌いもかなりあるんですね。
1960~70年代の人気作家の本は、新聞連載だったものが結構あり、当時の新聞読者層(壮年)に焦点を合わせているから時事ニュースやその頃に流行った風潮が出て来て、それも面白い。女性作家の物など「こんな発言を今したら、総スカンだわよ」っていう社会観があったりしますが、でも同じ人の30年後の作品はもっと現代的になっていたり。
戦後80年の庶民文学の変遷、なんていう論文を書く人いませんか。