2月13日(木)
午後Pさん、 Qさんが来た…というか来てもらった。カレーを作りすぎちゃったのでPさんに食べていただいた。その後、四方山話。
話は聞こえなくても集まっていれば気が紛れる…と言っては先方に失礼だろうか?
ここのところ居場所について改めて考えている。面白いのは微助っ人クラブ、、前にも言ったかもしれませんがここが僕のミニ世間。
現在70名のメンバーの方の情報が行き交う。半分ぐらい棺桶に片足を突っ込んでいる僕にとっては大成功。少なくとも行き交う情報は巷間に数多飛び交う消費されておしまいな情報ではない。それが貴重だ。
今日は夕方自由の庭で開かれる「平日の居場所」にちょっと顔を出して夕食を一緒にいただくことにする。
最近つくづく感じるのは人間は孤立してはダメ…多少めんどくさいと思っても世間に混じって自分自身の気持ちを整理していくこと、袖すり合う人に対して反応していくこと…そんなことがきっと一人ひとりの人間にたとえ束の間でも平穏を呼び寄せる行為…そう思いたい。
今日の仕事は小さな座布団を2枚追加で作ること、積み重なったほんの1部を取り崩し読書を進めること…平和な1日にしたい。
孤立してダメなのは一つには退屈のあまりロクなことを考えないせいもあると思います。義姉はお手伝いさんもいるし住み込みの介護士も雇っていますが、暇で暇で体も心も腐りそうらしい。
ある日「あんたの片頭痛を治してくれる先生を探して、診断のアポをとった」などととんでもないことを言ってきた。え~、私年取って片頭痛は治まっているのに。(血管が硬くなるので60歳過ぎたら片頭痛はない。ただ私の場合は70まであった。その後、緊張性頭痛がたまに起きる。)そもそもこういう病は命取りにはならないから、じっと1日我慢していれば凌げる。診察など意味がない。でも、元医師というキャリアをなんとか見せたいんじゃろう。
さらに、アメリカの親戚の女性が1月に誕生日を迎えたのでラインと電話でお祝いを言ったそうで、ウチにも電話してきてあなたもお祝いを言いなさい、と亭主に強制する。ほっとくとまた電話がかかって来て、「マーシャにお誕生日おめでとうと言った?」と訊く。亭主は「まだ」とそのまま、するとまた電話があって催促する。この24年間に2度ほどあっただけの再再従姉になんでそんなことをする必要があるの。こっちはまだ働いているんだ。そっちは死ぬほど退屈しているらしいけど。
また電話。ブックスタンドが欲しい、あんた余分に持っているでしょ?(前に梟の形をした鋳物のブックスタンドをあげたことがある。)必要なら自分で買えばいいじゃないか。昨年は庭のベンチを二つプレゼントさせられた。私たちは魔法の杖を持った妖精じゃないのよ。
「ウチも今、不景気で大変なんです」とお手伝いさんを介して伝えたら、「ほ、ほ、ほ、これからゆっくり潰れていくのね」だって。もうこのク〇婆!孤立して退屈して、いなくなってしまえ!