(昭和30年代頃の私の思い出)
・・・と言うわけであの飯高のおじさんや津村さんが立派な宮造り銭湯を作っていた方なんだと、知った時は驚きました。その頃、今、私の住む町、今戸に飯高さんも津村さんも暮らしていました。私の母方の五代前の祖母は江戸時代の人で福島から女だてらに旅に出て、江戸に着くなり、、、人様に風呂を貸して商売している!と、知って慌てて福島にとんぼ返りで帰って来たそうです。それ以来本家は銭湯を営んでいます。機会がありましたら、東北地方の銭湯の歴史を知りたいと思っていますが、銭湯にはよっぽど縁があるようです。
実家の林場で材木に墨壷で角付けし、ノコギリで材木を切る、カンナをかける、職人の世界ではよく聞く話ですが、宮造り銭湯の技術も習うものではなく盗むもの。
勘と根気が必要で棟梁は詳細な図面など引かずに、曲尺を使い、頭の中にある図面で家を建てるそうです。今の家がどのように作られていくのかは知りませんが、機械を使わずともあの大きな立派な建造物を作っていたとは昔の職人の技のレベルの高さには驚くばかりです。日本の名匠と言われるような特に知られた方々ではなく、町の大工の棟梁の話ですからなおさらです。それにつけても父は材木の納め先の銭湯の大黒柱によって死んだとはなんと皮肉なことでしょうか。
僕は暇つぶしを兼ねてほぼ毎日風呂屋へ行ってます、時間帯を変えたり、入り方を変えたりしてバリエーションを自分でとって楽しんでいます、年寄りの良い娯楽です^_^ 母も昔NHKの東北地方の素顔の温泉♨️?とか言う番組を欠かさず見ていました。東北の銭湯がどうなっているか、今まで考えたこともなかったです、びすこさんがおっしゃる通り取材したらきっと面白いと思います。ベティさんいかがでしょうか?お弁当と取材日はご自分でお持ち下さいませ…葛飾文芸クラブは手弁当が基本ですけど😅