1月31日(水)
明日から2月が始まる。2月は特別な月だ。春の隣にいるからだ。
この冬僕はずいぶん学びました。1つは暖房。もう一つは疲れない体の動かし方。
寒さとどう付き合うか。暖かい服装をしていればいつでも暖かいので暖房を気にしなくて良い。
これが最も人間を活動的にする。猫は毛皮を着ている。冬でもうわっぱりを着ているのは見たことがない。猫を見ていて究極の暖房はこれだと思いました。
家全体を温めようとするからややこしくなる。
昨日ひだまりを拾いながら散歩していてこんなことを考えていました。
疲れない体の動かし方は泳ぎながら考えました。心拍数を必要以上に上げない…これがコツでした。動きを少なく効率的にスイスイ進む。筋肉に頼るのではなく重心の移動で体を運ぶ。そうやって泳いでいる人がいたのです。それを真似して、その方法で僕自身が泳げるようになってからその人にお礼を言いました。体をシーソーのようにして手足をそれに揃える(同期させる)…と教えてくださった方だからです。コロンブスの卵。
昨日プールに行ってそうやって最初から最後までバタフライで泳ぎ続けていました。とても気分がいいので短い時間でもたっぷり体を動かした感覚が残っていて楽しかったです。他の人がキョトンと見ていたのも楽しかったです。
地上に戻ってから今度はちょっと腹ごしらえをしてひだまり散歩。泳ぎの感覚を残したまま、すっすっと歩いてみるとこれがまた結構楽しい。ちょっと内股気味に歩く。泳いでいる時がちょっと内股気味になるので、歩く時もそうしてみたら体重が足裏全体にかかり、とてもリズミカルに歩けました。
足も手も体の中心を通るように中側に向くのが無理のない体の位置だと思います。和服を着て内股に歩く女性は理にかなっていたのですね。短距離走の選手も多分内股気味にしっかり体重を乗せて全力疾走。
体の動かし方、扱い方はわかったので、今度はお金の使い方について学んでいきたいと思っています。
今僕はお金は葬式代ぐらいしか残っていませんので盗まれる心配はありません…そもそも持っていないからです。
お金がないとお金の心配をするのは、まだまだの人ですね。お金をいっぱい持っている人にもっと増やす方法を教えてあげればコミッションが取れます♪
世の中の悪どもはこればっかり考えている。連中の手口やり口をパクればすぐに連中を理解できる。その他大勢が騙され続けている必要はないと思います♪
こんな能天気なことを考えられるのは春が近いからです…あはは🤣
(昨日タワーマンションに関するメンテナンスの本を読んでいてタワーマンションそのものも人間の体と全く同じということに気がつき1人でニコニコしていました。
タワーマンションといえどもベランダの防水や腐食する部材のメンテナンスは在来工法と同じ考え方ですし、例えば外断熱は人間が防寒具を着込むのと同じこと、熱効率は格段に良くなりますよね。
経年変化に応じて建物もメンテナンスしやすいかどうかが建物の品質を決める…考えてみれば当たり前なのに耐久消費財を売るときに目新しさだけ強調して先々のことを教えない商売はこれからは敬遠されますね。
それはそれとして、前にも言いましたが、そこに住みたいと思うかどうかはまた別の問題です。マンションは長屋を縦にしただけのものと著者は言っていました、その意味は…タワーマンションの住み心地は、住民同士が風通しの良いコミュニティーを形成できるかどうか、ということのようです)
寒さが大の苦手の私は、こちらに来てセントラルヒーティングをとてもありがたいと感じています。田舎での暮らしでは、母が暖房代をおそろしくケチる人で、といって石油ストーブは匂いが厭というので、炬燵だけでした。これは人を怠け者にしますね。炬燵から出たくない。綿入れやちゃんちゃんこを着ていても、炬燵の外は寒い。東京のアパート暮らしで電気代がどうのと母親に言われなくなって、反動のようにガスストーブ二つを目いっぱい使いました。自立した暮らしのありがたさ。随分無駄はあったと思いますが。
セントラルヒーティングというか、各家庭にボイラー室があって家全体を温める方法は贅沢ですが、欧州で今よりも冬がずっと厳しかった時代にはいわば必需品でしょう。それには条件があって、障子襖の家には設置できません。北海道の家が二重窓だったり、家の作りが本州と異なるという話はよく聞きます。ドイツも同じです。
寒さが大嫌いなので、何かで読んだ、寒さに耐えねばならなかった人の話ってよく覚えているんですよ。一つはマリー・キュリー夫人です。ポーランドからパリに来て研究生活を始めた時、貧乏だったので部屋の中はいつも恐ろしく寒かったそうな。もう一人はラフカディオ・ハーン、そう小泉八雲です。島根県に住み始めて家の中の寒さに震えあがったという話が、彼を主人公にした「日本の面影」というテレビドラマに出て来て、掘り炬燵か火鉢しかなかった松江の暮らしはつらかったろうな、と同情しました。でも今彼らが日本の夏を経験したら、そして冷房というものがなかったら、どう言うかしら、と時々思います。