火花:又吉直樹著:文芸春秋2015年3月第1刷発行
一昨日、狭い僕の家の1階で、3回目となるスープ研究会でMさんがロールキャベツを、メンバーを巻き込む抜群のパフォーマンスで作ってくださいました。その後、ひと泳ぎして、図書館へ行って館内を一巡した後…岡島書店へ寄って100円の本を3冊仕入れてきました。日本売春史:新潮選書、日本の古典を読む#5:古今和歌集/新古今和歌集:小学館、そして今日取り上げる「火花」。
今朝、早く起きて読み始めて引き込まれました。読み終えて、芥川賞だか、直木賞だかを取ったこの作品を最初に読んだ方、漫才師だったこの人の原稿にびっくりしただろうなと思いました。僕もびっくりしました、みずみずしい文体にです。漫才に没頭した10何年間を一瞬の間だけ追体験したような錯覚に陥りました。ちろちろと妖しい火花、そんな火花はきっと誰もが持っていると思わせる力作だと思いました。人情悲喜劇。共感を覚える着地。これから読まれる方の興味を削がない程度に最後のほうのところから引用いたします。
145〜 146ページ
花火が打ち上がる度に拍手と歓声が響き渡る。場内アナウンスで、大手のスポンサー名が読み上げられ、素晴らしく壮大な花火が冬の夜空に開く。海岸に降りて見ていた僕達は大いに楽しんだ。熱海では夏場に限らず、1年を通して何度か花火大会があるらしい。次々と企業の名前が告げられ大きな花火が上がる。一際壮大な花火が打ち上がり歓声が巻き起こったあと、しばらく間があり、観客達は夜空から白い煙が垂れてくるのを、ぼんやりと眺めていた。すると、スポンサー名を読み上げる時よりも、少しだけ明るい声の場内アナウンスが、「ちえちゃん、いつもありがとう。結婚しよう」とメッセージを告げた。誰もが息をのんだ。
次の瞬間、夜空に打ち上げられた花火は御世辞にも派手とは言えず、とても地味な印象だった。その余りにも露骨な企業と個人の資金力の差を目の当たりにして、思わず僕は笑ってしまった。馬鹿にしたわけではない。支払った代価に「想い」が反映されないという、世界の圧倒的な無常さに対して笑ったのだ。しかし、次の瞬間、僕たちの耳に聞こえてきたのは、今までとは比較にならないほどの万雷の拍手と歓声だった。それは、花火の音を凌駕する程のものだった。群衆がニ人を祝福するため、恥を欠かせないために力を結集させたのだ。神谷さんも僕も冷えた手の平が真っ赤になるまで、激しく拍手をした。
「これが、人間やで」と神谷さんはつぶやいた。
引用以上。
火花の話で思い出したのは、沢木耕太郎の「無名」という本でした。この著作、今ネットでみると2006年幻冬舎となっていますけれど、私のかなり確かな記憶では90年代後半にNHKの朝の報道の中で取りあげられていて、沢木氏が登場し、無名で終わったお父さんの生き方やその俳句を紹介していました。
悪くないなとその本を買ったのですが、正直なところ余りに普通過ぎて、天下のNHKがどうしてこんな作家・作品に肩入れを、と不思議でした。(NHKの宣伝効果は抜群だったらしい。)
ただ、溶接工だったか、工場で働いていたお父さんの仕事の描写(当人の話です)がとても心に残っています。溶接棒からでしょうか、青い火花が散ってそれがとても美しく、見入ってしまう、というものです。私は造船所の見学に何度か行ったことがあるので、その場面がすぐ目に浮かびました。
夫の仕事は火をつかうもので、それもとてもダイナミック。電気炉から取鍋に溶鉄を移すとき、すごい勢いで火花が散りまくります。その光景も好きなのですが、そのあとの工程で、鉄の表面のフラン樹脂を飛ばすのに火をつけて、すると青い炎が出る。それを業界では「ベンガルの炎」と呼んでおり、その色が好きです。
「青い火」という題の短編があってもいいですね。NHKの宣伝は不要です。