鶴八鶴次郎:川口松太郎著:光文社2017年6月刊
(作品そのものは50年以上前のもので物語の舞台はさらにその前の明治時代あたりか)
三味線をまじえて新内節(しんないぶし)にのせて掛け合いのように、語って行く舞台芸能の演者同士の物語、と言っていいのかな。
そのニ人、鶴次郎と鶴ハ(鶴次郎の師匠の娘)実は好いたもの同士だと分かった寒い夜の場面もほんの2ページ弱で無駄がない。互いに募った胸の内を吐露し合う小気味よいくらいの場面展開(この文章を講釈師に語らせればそのままメリハリのある演目になると思いました)
ところがその後、鶴次郎のかねてからの念願である寄席の設立資金をめぐって誤解から2人は決裂し、運命を分かつ。鶴八は裕福な家系へ嫁ぎ幸福に暮らす。3年を過ぎる頃には鶴次郎は落ち目の芸人に、生活もすさみ気味。見かねた、ニ人を知る古い舞台番の佐平の仲介で今は幸せな家庭人である鶴八ことお豊も鶴次郎に同情し周りを説得してまた舞台に立つ… 六日間の興行は大成功、、、だが、、、お豊(鶴ハ)は芸の上での相性の良さを再確認し、焼けぼっくいに火がつきそうになる、、、
が…鶴次郎は鶴八の芸に難癖をつけて愛想づかしをする…芸人なんて盛り過ぎれば惨めな行く末、裕福な家庭の妻であればこその幸せもある…事の次第を佐平に打ち明け、、、60〜61ページ、この短編の最後のさわりの部分をそっくり引用しても許されるだろう…
「六日間の名人会が俺と鶴ハの死に花だ。俺はそれで本望なんだ。どうせ俺一人じゃア竹野も構っちゃアくれなかろう。が、ナーニ流しをしたって食うには困らねえ、女とちがって男一匹だ、左平」
キラリと光った涙を右手の甲になすりつけると、
「不景気な面アするな、飲みねえ、さ、ぐっとあけて…姐さん、熱い奴をニ本ばかり、かためて持って来てくれ」
「飲もう、次郎さん」
「だからよ、今夜は景気よく飲みつぶれだ。明日は明日の風が吹くよ…姐さん、この辺へは好い女の法界屋でも流して来ねえか」
「新内の流しなら来ますけれど…」
「新内はいけねえ、あいつは俺は大嫌えだ、お前も嫌えだったな」
「見るのもいやだ」
「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ」「はっはっはっはっ」
見合わせて寂しく笑ったニ人の目の内には、又もや涙が湧いていた。吹きすぎる夜風に、降りみ、降らずみの雨が、ばらばらと看板を叩いて通った。
引用以上
(お互いに初めて気持ちを打ち明ける場面で三十近い男の純情を見て、女が揺るぐ。女は男をカワイイと思い男は女に男の純情がわからないかと泣きつく、男のメンツなんか関係ない、こういうめめしくて(差別用語承知)だらしない男が好きだな、ぼく、というか男らしいと思う、歳は関係ない。
物語をテンポよく盛り上げていって、言葉と三味線の間:まの絶妙な掛け合いに引き込まれていく、そんな芸を見てみたいと誰もが思う大衆芸能全盛の時代があったということだろう。
KBCのLINEトークにこの本の紹介がありましたので早速取り寄せて読んでみましたが、背景になった時代の事などろくに知りもしない僕がなんとなく懐かしく感じる物語。世知辛い男と女の計算の世界はそれとして、、男の純情と分別、直情に身をまかせたい女のそれぞれの想いが描かれているから、切ない、懐かしい、、のかな?)
川口ファミリー以上に興味深い幸田ファミリーについて、イモヅルシキにならって、例によって松岡正剛の千夜千冊をのぞいてみるのも一興かと。
https://1000ya.isis.ne.jp/0983.html
https://1000ya.isis.ne.jp/0044.html