関東大震災:吉村昭著:文春文庫1977年8月刊
本所区陸軍被服廠跡で亡くなった数万人の惨状、流言飛語による朝鮮人の虐殺、伝染病の蔓延、ふん尿処理、死体処理の酸鼻を極める状況が克明に語られていく。さらに歴史の縦糸に横糸を編むようにして大杉栄、伊藤野枝、大杉の甥、橘宗一(6歳)が甘粕憲兵大尉らに殺害され、事後、いきさつが裁判官の厳しい追求により法廷であかされて、それを当時の人たちがどう受け取ったかもじわりと伝わってくる。震災の事前と事後の大森房吉、今村明恒の地震学者同士の確執も東日本大震災にダブる。数字をあげて順を追って説明されているだけのような描写と証言で当時の地獄絵図が立体的に浮かび上がってくる力作。
(この本もごーぎゃんさんの蔵書のうちの1冊でした。今日自由の庭で葛飾文芸クラブの例会と一緒に行われる本の交換展示会にイチオシ札をつけて展示させていただきます)
見ないと言う選択もあると思います。見なければよかった…と思ったことが僕もあります。遭遇してしまうことを避けることもできないのも事実だと思います。
歴史的事実であっても、あまりにも残酷な事は耐えられないし、読むのは体にも悪いので、そういう本は読まないことにしています。
昔、そうとは知らず、五木寛之が戦時中家の中に兵隊が来て自分の面前で父親が辱めを受けた事を書いてましたが、読んだことを後悔しました。
それ以来五木寛之が嫌いになりました。
この年まで上に書いてあるような残酷な風景は見たことが無く、これからも死ぬまで見たくないです。
でも、この世は上から下まで随分いろんな事実があるのですね。
はぁ、地獄絵図だけは絶対に見たくないな~。
ノンフィクションとは言いながら同じテーマ、状況の捉え方でも著者によって印象ががらりと変わることもあると思いました。それによって「事実」がいくつも存在し、それが奥行きになるのではなくぼかしになることも ある、そんなことにも注意しながら読書したいと思いました。わかりにくい言い方ですいません。
吉村昭って歴史小説やノンフィクション作家で多作なのですね。私は「海の祭礼」というのを一冊、それも都ちゃんのプレゼントで読んだだけ。(ラナルド・マクドナルトという人の話です。自分で本屋で手に取ることはなさそうなので、他の人から、という本も貴重です。)こういう分野はファンタジーを駆使するのでなく、事実の調査に気の遠くなるような時間を要するから、とにかく凄いエネルギー。