或る美術コレクターの生活:浦上敏朗著:平凡社1996年3月刊
実業界で活躍し浮世絵や陶器のコレクションで有名な著者は1996年自身のコレクションを全て寄贈して山口県立萩美術館・浦上記念館名誉館長に就任予定、と本の後に記載されている。コロナ騒ぎが終わったら行ってみてもいいかなぁと思いました。
アートに金が絡めばただじゃ済まない。名だたる鑑定家も歳をとれば目が濁る。間違いもする、欲も絡む。
偽物とわかったときに落胆著しい持ち主を慰める時の鑑定家の常套句、、、良いものですので大事になさいませ…。
著者は戦争末期に召集を受け軍隊で上官から毎日のように殴られ死を目前にしても何とも感じない位人間性を喪失する寸前まで追い込まれる、他の軍隊仲間と同様に。靴の裏を舐めさせられる屈辱も何とも感じないようになる。野間宏の真空地帯の世界が当たり前のようにしてあった事実が短い描写の中で再現されていた。人間の無力を突きつけられた人が選んだこの著者らしい控えめなタイトルだなぁと改めて思いました→或る美術コレクターの生活(著者を取り上げたある番組のタイトルだったそうだ)。
戦後は鉱業会社の経営者としてキャリアを積む一方で浮世絵のコレクターとしても地歩を固め、それとともに交際も多岐に渡るようになる。
福富太郎(キャバレー太郎)の質問に応える形で掛物絵と言う大型の版画の収集を勧めると彼は即、その足で実行した話をもらし、その行動力に舌を巻いたとか。
シベリアに抑留された画家香月泰男の作品との遭遇(山口県立美術館には同氏のシベリアシリーズが56点ある、著者は彼の作品を見ると条件反射のようにして胸が痛むという)もその1つだ。
引退後の岸信介前総理大臣とのエピソード…妻の死後写経をし続ける岸さんにそのうちの1枚を著者が所望するが断られる。もらったのは福田赳夫元総理大臣など何人もいない。ある日紙筒を渡される、写経だった。写真が載っかっていた、端正な楷書。岸さん、正式な紺地の紙に金泥の写経を千巻浄写、高野山に奉納されたそうな。
他にも作品の真贋にとどまらず人間の心の真贋まで広い交際を通して学んでいったことが淡々と語られる。
マスターピース傑作が世に残るとは限らない、有名になるとも限らない、偽物は真作を駆逐する、惑わすと言うこともある。作品なんて流通してなんぼだ…僕はそう思いました。ゴッホが浮世絵の収集家、崇拝者であることを知る著者はタイムマシーンにのってもっといろいろな作品を彼に開陳したかったとさりげなく語るが、ゴッホと浮世絵に寄せる熱いものが伝わってくる。
傑作をして声を上げさせる。金と人と流通の力だと思いました。発言権の強い人がアートを盛り上げるとは限らない、本物に感動する心がアートを見つけ出し、育てるのだと思いました。介在者の小さな欲が優れた作品を世に問うチャンスを失わせることもある。傑作が必ずしもその時代の評価を得るとは限らないし、徒花のようにもてはやされて時代とともに忘れ去られていく作品も多いのだろう。それにつけても著者の功績と想いが実り、著者の気持ちが形となって山口県に萩美術館ができて良かったなぁと思いました。
(以下長い蛇足:
この本を読んだ目的があります。今描いている小説に浮世絵で一儲けする話が出てくるのですがその種子探しでした。あっさり30ページで出てきました。
ある日、神田神保町の古書店で、このような役者絵が山積みにされているのを偶然見かけた。値段は一枚どれでも500円、大量に買うなら一枚100円にすると言う。松江よりずいぶんと安い。このような古いものは田舎にしか残ってないと思っていたが、実は全国各地から集まるので、最も安いのが東京である。
日本に残存しているこの種の浮世絵は一体どの位あるのだろうか。10万枚位だとしたら1枚100円で1000万円で買い占めることができる。これをアメリカなど外国に輸出する。一枚10ドルならアメリカでは安いと思うに違いない。
(引用以上)
これが1963年頃の話なので小説の1967年頃から70年にかけての舞台設定にぴったりだ。拍子抜けな位辻褄が合った。昔、マクナマラと言うアメリカの国防長官が、、、大事な情報は90%以上世間に流布している…要は分析力だ、そんなことを言っていたのを覚えている。分析力がなくても出会いは棚ぼた式に得られることもある、あはは。
いかにもありそうな話を見つけたからといってこれを小説に使うとは限らない…今思いついた…多分、小説の中の人物が真贋論争に巻き込まれ、彼の心眼が論争に終止符を打ち、決着をつけることにはなるのだが、あえて話をぼかすことによって業界を盛り上げる方に力点を置く話の流れにしようっと。そして気がついたらアート業界の立役者になっていた、という方に筋をつけたいと思いました…だってそのほうがありそうなことなんだもん、そしてこの成り上がりの勝負師の娘が主人公なわけだから親譲りのその性格付けキャラクタライズも平仄:ひょうそくが合う。欲望渦巻く人間社会の難渋を極める紆余曲折をクリアしていく強靭な精神の申し子としてのキャラクタライズ、オッケー。勝負に負けたと見せかけて実:じつを取る、男勝りどころか男なんか食っちゃう?組織と個人の間を自身のもって生まれた二重人格を巧みに使い分け、きたるべき未来社会が見えない中、社会の構造改革と人間の意識改革をもくろむジャンヌダルク、女性主人公!よし、これでいこう。あ、まずい、兄が言っていた…プラトニックラブも盛り込んでくれと言う希望も叶えてあげたい、さてどうする、、で、この話、内輪話にしといて下さい、男の純潔を奪ってしまった女性にプラトニックラブはあり得るのか? あはは、どうも今読んでいるディケンズの「骨董屋」の話運びのあざとさに影響を受けているみたいです、、朝からいつもの言いたい放題大変失礼しました。
で、どうです? 小説読みたくなりましたでしょ、ふふ、こればっかり…さっさと書けってか)
絵画は二次元と言う特殊な世界に時間をたっぷりため込んでいるのでどんな絵も魅力があります。あげてくださった絵のモデルも案外近くにいた女性だったりして…そんな想像が楽しいです。 骨董店があるだけでいいですね、年代物のものがポンと置いてあるそれもいいですね。 昔姉の友達が家に来て…この家は骨董品の趣味かと思われたそうです、なんたって古いものばかりに囲まれてましたから。貧しかったんだと思います、あはは。 コメントをうかがってて、少し考えました。独り言です。 政治家も官僚も理想を抱いてなるものなんだろうと思いますが権力の代行に携わっているうちに「周りがほっとかない」(利用することを考える)ことになるので目が離せないことになりますね。権力の側は場合によってはあえて「目を離す」策に出ることもある。そう考えると国民の義務が結構重いですね。権力機構(個人の権力と集団の権力)についてまずは学校できちんと学び、それを理解することが大切だなぁと思いました。びすこさんのように、集中してアメリカ史を学ぶ事はもしかしたら…必須かもしれないですね(アメリカがなかったとしたら世界はどう変わるか)アメリカの理想はなんだ。日本の理想はなんだ(アメリカを1番理解しているのは中国だったりして)いつも追求すべき問題はここですよね。 国体なんて抽象的な概念がまたぞろ頭を上げ闊歩しないように僕も勉強します。権力機構の理想は崩される方向に働く、これをいつも心しておく必要があると思います。
イモヅルを読んでいると、昔の断片的な記憶が蘇って
ついさまざまな感懐に捉われるのですが、岸信介元首相ねえ、安倍晋三のおじいちゃんですね。政治家と写経ってなんだか矛盾した取り合わせのように思うけど、あの老獪なご老人、来し方を振り返って想うことも多かったのでしょうね。
マクナマラ長官、リアルタイムで知っているアメリカの政治家。キューバ危機での活躍が有名。幼い頃からものすごい秀才で神童と呼ばれていたそうですが、でも後のベトナム戦争の責任の一端は彼と彼が最初に仕えたケネディにある。アメリカ史を本気で勉強したかったら、彼らを英雄視するだけでは済まない、というのがこの老女Aの私見です。
骨董品店といえば、この月曜日にフライブルクの大学病院で胃腸カメラの検査を受けて、あんまりお腹がすいていたのでやっと再開したカフェでケーキ食べて、そのあとそばの行きつけのイタリア系骨董屋に立ち寄りました。銀製品とか古い家具とか裂なんかも売っています。そこで浮世絵ではなくデューラーの「聖母子」が20枚くらい置かれているのを見て、どうしようかと思ったのですが、私はカトリックじゃないし(デューラーだって、そうじゃない)どこにどう飾っていいか分からないので、止めました。
ドイツ人の描くマリアって、クラナッハやションガウもそうだけど、イタリアの画家のそれと違って全然優雅・美麗じゃないのですが、一風変わった魅力があります(と感じます)。