「最後の社会主義国」日本の苦闘(原題「出口への殺到」: RACE F OR THE EXITS):レナード・ショッパ著:野中邦子訳:毎日新聞社2007年3月発行
15年前の本ですが題名に惹かれて購入しました。一家の大黒柱…主に男性…が内助の功に守られて会社のために一身を捧げる、会社は社員を辞めさせない、年功序列ではあるものの生涯身分保障される、、なるほどこれを社会主義的と見たのかな。こんな夢みたいな時代どのぐらい続いたのかなあ。少なくとも僕は経験した、多分兄も、、ところで、、現在、、
就職氷河期、、徐々にその形は変わっているけれどいまだに続いていると僕には見える。だってみんな職を求めて忙しそうなんだもん。会社は会社で工場は資産もろとも海外へ移転し、そこでの従業員は外国人が多い、当たり前。前も言ったけど50年前の僕は50年後の今頃、みんな週休3日制を楽しんでいると思っていた、労働生産性はロボットが身代わりになって上げてくれる、それで僕らは楽をする。労働分配率がどうのこうのいうなら外国へ逃げだそう、資産を自由に移動できる資産家はそう考える?
数の上では労働人口の半分を担える女性に目を転ずれば、、
1部の企業は女性の労働力を積極的に生かしたり、労働生産性を上げるよりは安価な労働力を求めて日本を逃げ出す。または女性の方でも結婚せず、余計な心配をしないで自己実現を目指す。その一方で…そうやすやすとはそうはなれない女性たち、力を結集できない。力を結集すればこそ政治家、官僚も動き出す、でも結集できない。その状況わかっている政治家たちはどう動く、力のある者たちをどうコントロールする?コントロールされるのではなく。本当に日本の心配をしているのは誰だ。気がついてみれば…小泉竹中LINEの新自由主義の片棒担いだのは…僕らじゃないのか、とまぁ適当な、口から出まかせのマクラを振ったところで、この本を例によってパラパラ読みして気になったところを引用いたします。というか戦後日本の護送船団方式と日本株式会社が果たしてきた役割を認めつつも今後も有効な可能性はゼロ。然らば、処方箋というか15年前に書かれたこの本における「見立て」が、、、
第9章 社会保障の新たなシステムをめざして
…です。
第9章で「見立て」た最後のほうのページから引用いたします。
352 〜354ページ
出口なしの選挙民からせまられる改革
前略…
これまで多くの女性が仕事か家庭かのどちらかを選ぶことを受け入れてきたひとつの理由は、そのなかの大半の人が、どちらかをあきらめても金銭的には安心していられると感じたからである。日本の離婚率が(とくに子供のいる夫婦で)低いことや、大半の男性稼ぎ手の雇用が安定していることを前提にして、キャリアを捨てて子供と家にとどまった妻たちは、金銭的リスクにさらされるとは感じなかった。ところが、もし離婚率が上がったり、もし男性労働者がいまよりも雇用への不安定感をもつようになると、女性たちは専業主婦やパートタイム仕事を実行可能な退出オプションとして認識しなくなる。もし、子もちの女性がこの状況に直面したとしたら、その苦しい立場は、介護保険制度導入に向かって女性たちを立ち上がらせた「出口なし」力学とよく似ている。それはまた、アメリカとイギリスの女性たちが、1970年代に離婚率と失業率が突然急上昇したときに遭遇した立場とも似ている。こうした状況の中では、夢を失った日本の母親たちは、より間口の広い中途採用の機会や子育てサービスをもとめる政治的集団となることができるだろう。彼女たちはまたラジカルになり、経済的リスクにたいする保険として自分たちに必要なキャリアをつづけられるよう、夫がもっと家事を分担することを要求することも可能だろう。
結婚しないことを選択した独身女性が直面する状況も、ことによると、より絶望的になる。現在、そうした女性の多くは、両親と同居するか、べつのかたちで親の金銭的援助を受けるという恩恵にあずかって暮らしている。それにまた、所得税と消費税も比較的低率を維持している。こうした状況が組み合わさって、独身女性は単一収入でも…高給取りは多くないが…快適に生活していけた。だが将来、税率が上がり、また、父親が引退するようになると、そうした女性たちの可処分所得は激減するはめになる。そうした女性のなかには不正規雇用で通した人もいて、気がついてみると貯金もなく、わずかな年金しかもらえないということになる。年上の独身女性がそうした状況にあるのを見た若い女性は、結婚(共働き)をあきらめるなんてまっぴらだと考えて、結婚をより魅力的な選択肢とするために政策規範、ジェンダー規範の変革をもとめるようになるかもしれない。
最後に、企業にとってもその労働者にとっても海外直接投資が実現可能な退出戦略になるような状況は、企業か労働者のどちらかが出口なしと感じるような方向に変わっていくかもしれない。企業の海外直接投資を支持しようという労働組合の意欲も、中核労働者をそのまま残すと会社側が約束することが条件だった。企業によっては、すでにこうした協定の条件を満たせなくなっており、将来はさらに多くの企業、なかでも高齢のブルーカラー労働者を多数かかえた企業が、同じような立場にたつことになるだろう。そうなれば、もはや海外直接投資も国内労働者の終身雇用制も、実現可能な退出戦術とは考えられないだろう。企業は、労働市場の規制のもとで中核労働者をレイオフできるよう、より柔軟性を必要とする状況に置かれ、組合は従来通りの雇用者側からの約束にとってかわるセーフティーネット制度を必要とするようになるだろう。その時点で両者とも、現行の社会保障システムを修正するために政治の舞台で行動を起こそうとする、より大きなインセンティブをもつことになるだろう。引用以上。
354〜 357ページ
フラストレーションのはけ口を退出から声へ切り替える
前略…残念ながら、女性や企業、労働者たちにふりかかる状況が悪化して出口なしになるころには、日本政府はあまりにも多額の債務をかかえていて、広範な失業保険制度、再訓練システム、子育てサービスに資金をまわすだけの再生能力がほとんどなくなっているだろう。窮地に追いつめられては女性と労働者は、国家が、より大きな、社会民主主義的な役割を演じることをもとめるべきだと気づくが、この結論に達するのは政府が資金不足におちいってからだろう。ほかに方策もないまま、日本は第一のシナリオで予想されたのと同じ英米型システムに落ち着くだろう。
それゆえ、護送船団方式を変身させ、生産と保障の両面を備えた新しいシステムを詰めくるという日本にとっての最上の夢は、そうした出口なし状況に至る以前に、退出女性や企業のフラストレーションを、政治過程に参入するエネルギーえと変える、政治的起業家(ポリティカル・アントルプルナー)「新たなアイデアで広く国民に訴える政治家」が出現してくれることにある。2001年、自民党が小泉を総裁と首相に選んで大半の政界観察者をびっくりさせたときに、多くの人は新しい異端者的リーダーがその任を無事にはたすことをのぞんだ。小泉は弁舌さわやかに「聖域なき構造改革」をとなえ、郵政民営化から子育てサービスの拡大まで、多数の課題をかかげた。多くの女性有権者のほか経団連の首脳部も小泉のリーダーシップを歓迎した。
だが小泉は、それから数年間にわたって、そうした期待の多くを失望に変えることになった。日本道路公団の改革をほぼあきらめ、仕事と家庭との両立を願う女性を支援する施策もほとんど実行しなかった。経団連の首脳たちは、首相がつぎつぎと公共部門改革を譲歩していくさまを見て、小泉をレームダックあつかいしはじめた。2001年の参院選の比例区では、小泉自民党は女性票のうち41パーセントという途方もない票を獲得したが、2004年選挙では29パーセントにとどまった。
2005年春から夏にかけてまたもや小泉は改革者としての評判をみがきあげるため、郵政民営化に反対した自民党内の「造反」議員を除名したのち、一気に解散、総選挙という大きな賭けに出た。郵政法案の国会通過、総選挙地方区での議席増を実現したことは、公約どおり「自民党を変えた」と主張することを小泉にゆるした。だが、そこまでの業績を見ただけで、小泉が退出を声に切り替えて日本の社会保障システムを変身させるような政治的企業家だったと結論づけるのは早計である。自慢の郵政民営化案でも、郵便貯金が公社公団へ流れなくなるとは保証されていない。
企業家としての小泉の能力不足の原因は、護送船団式資本主義の変身を最終目標として国民に売りこもうとしたことはいちどもなかったことである。小泉のレトリックでは、改革はたんなる手段であり、国民が耐えしのぶべき一時的痛み(傍点付き)だった。小泉の政策課題の大半は、民営化、予算削減、不良債権処理をともない、そのすべてが銀行倒産と失業の増加につながることは確実だった。こうした魅力にかけた商品を売りこもうというのだから、改革の犠牲になるのは限られた集団(郵便局長と郵政労働者のような)だけという状況下でかろうじて小泉が法制化に成功したのも、それほどおどろくことではない。
日本が必要としているのは、成長と保障の双方をし提供してくれる新たなシステム…崩壊に向かう護送船団式資本主義より明らかに優れているシステム(傍点付き)…の魅力を国民に売りこむことのできる政治的企業家である。新システムは自由主義を基本としたものになるだろう。つまり、もはや国家は企業が終身雇用制をまもることを期待できず、国家が銀行や企業の下支えをしなくなる、という仕組みだ。だがこのシステムは個人を市場動向の変動にさらすようなことはしない。より潤沢な失業保険、より広範な再訓練の機会、子もちの女性がフルタイムで働ける規則と便益を与えてくれるシステムとなるだろう。労働市場の柔軟性は、労働者がレイオフになる可能性を意味するが、それはまた、中途採用者や子育ての時間を割かれる女性が新しいキャリアをもとめて労働力に加わる機会をもつことを意味する。
その指導者はまた、人口統計の実態について国民に率直に語る必要がある。日本は生産年齢人口の急激な減少に直面しており、海外からの移民を受け入れる用意をすぐにはじめる必要がある。移民者は労働力供給の重要要素として労働市場に組み入れられるべきであるが、また、コスモポリタンな文化、活力、想像力の源泉として日本社会に還元されるべきである。これから10年後、高齢化した団塊の世代を介護してくれる看護師を確保するために、政府はフィリピンなどの労働力豊富な国に看護師養成センターを設置し、従来の専門技術に加えて、日本語教育と職業紹介を提供すべきである。ただし、移民者を低賃金サービス業にしか就労させないようなことがあってはならない。日本はまた、バンガロール(インドのハイテク都市)と上海のソフトウェア技術者たちにはたらきかけ、シリコンバレーではなく東京へ移住するよう説得すべきである。
こうした線にそった一連の政策を訴える重要人物が日本の政界には見あたらない。近年、民主党は「経済改革」をしきりにいうが、その全容がはっきりしない。1998年に銀行改革を支持したときや、2004年と2005年に「小さな政府」を訴えたときなどには、アメリカ型をめざしているように見えた。だが一方、鳩山由紀夫が2006年に行行収益をまもれと政府にせまったときなどは、かつての自民党のように思われたがっているかに見えた。民主党は幅広い子育て支援サービスと失業保険の財源増強を支持しているものの、柔軟な労働市場をつくるのに必要となるような就業規則の変更は支持してこなかった。旧社会党と、自民党は腐敗しきっているとしてたもとを、分かったネオリベラル派とが、ぎこちなく合体してできた民主党は、マーガレット・サッチャーのような党になりたいのか、トニー・ブレアーのような党になりたいのか、まだ決めていない。
最後にいうなら、日本のとる方向は現状維持にフラストレーションを感じている人びとを政治の舞台に引きだして、新しい社会保障システムをつくりあげるプロセスに参加するよう仕向けられるかどうか、あるいは人びとが、それぞれ自分の退出戦術によって社会経済システムから逃げだそうとしつづけるかどうか、にかかっている。いま確実にいえるのは日本の国民がどんな選択をするにしても日本の社会経済システムは変化しつづけるが、そうした変化が護送船団システムを解体しつづけるのか、それともグローバル化とジェンダーロールの変化の領域で相乗作用的にはたらく生産・保障システムをつくれるのかは、人びとのとる退出戦術と声戦術の組み合わせにかかっているということだ。引用以上。
(※ おまけ…
昨日、プールでリハビリがわりにひと泳ぎ…兄と青戸で会食し、兄の親友も合流し四方山話。政治家は日本のことを心配していない…と、OKさん。企業も海外資産の方が多い会社もいっぱいある位なのでもしかしたら企業も日本なんか心配しないで日本離れをそのうちおこすんですかねと、ぼく。
2人と別れて…僕は考える。勤めたくなる会社を作れば良いのだ、そうすれば嫌な会社を辞められる、でもどうやって?若い人たち、生涯時間は充分ある、充分ないというなら充分持っている人に外注すればいい。「仕事と遊びと生活、つまりコミュニティを一緒にしたような組織」を作って下さい… 50人単位の…いや500人単位かな?いっそ5000人単位… 5000人もいれば村が作れる、村議会も作れる…例えば能力も時間もたっぷり持っている高齢者に頼んでみよう!(75歳から仕事を作るという僕の目標、絵に描いた餅に終わるのか、仕事を作ってくれと頼まれたとき受け止めて、提案できるだけの能力があるのか?高齢者施設に入っている人たちだって働き手になる可能性はある、身分保証はされているんだから(僕だったら)儲かった金の何%かは多分喜んで寄付にまわす。寄付金は次の目論見に回す。風が吹けば桶屋が儲かる論法、やってみる価値はある、まずは自分で🤭☹️😤)。
中小企業診断士の先生方にに起業を勧める講座を外注する地方自治体の職員さん達…いま、強調すべきは「儲かる会社」ではなく「勤めたくなる会社」…時代が求めているものは多分そこなのに、なんでもかんでもアウトソーシング(外注)、自分で考えない。日本中そもそも論が少なすぎだと思いました。考えたくない人は、そもそも論がそもそもまどろっこしいのだと思う。ますます日本のことを考える人が少なくなる。日本のことを本気で心配する人は誰だ、出てこい、1人の気違いと2人の馬鹿がいれば、ことは成る、という言葉もあるそうです、あはは🤣)
先日70年代初めに書かれた短編を読んでいたら、結婚して20年近く経って40年代半ばで若い恋人ができ、家を出て行った男の話がありました。彼は子供と会うために最初は週に一度、そのうち一か月に一度、やがて一年に数回家に帰るのですが、そのたびに妻は3時間・4時間と夫を非難し詰り続ける。離婚したいという夫の頼みには頑として応じない。
夫を自分から自由な身にすることなどゼッタイに受け入れられない。一生彼の妻として虐めてやる。その同居者に「妻」の身分など与えてたまるものか。
離婚が両人の合意なしには不可能という制度は日本ではかなり長い間定着していて、どれだけ慰謝料をはずんでも離婚に応じない女は多く、私の知り合いの弁護士さんもそういうケースにかなり苦労していました。妻の方はお金よりも面子というか、夫を奪った女への憎悪というか。それに対して「あんたはあんたで自由な人生を生きたらいいじゃないか」と説いてみても聞く耳持たない。彼女には自由な人生なんかどうでもいいのです。
(吉行淳之介の奥さんなんか、「吉行の妻でございます」と言いたいばかりに生涯離婚を拒み続けたそうな。)
これは日本が戦後、男の職場を確保し彼らが「安心して」仕事に専念できるよう、女を家庭(夫と子供の世話)に留めて社会進出を困難にするために設けた「結婚の絶対性」のゆえで、そりゃそうでしょうよ、家事・育児でおとなしく数十年をおくっていれば老後も夫が面倒を見てくれる、という前提だったのに、それが突然「別れたい」なんて言われて独りにされた暁には、身の振り方が分からない。
女を家庭に縛りつけながら、その家庭の保証もない、というのでは、いかに従順な日本の女だってストやサボタージュの手段に出るでしょう。
最近は既婚女性も働くのが当然とされ、そのような自由を獲得すると同時に、夫による生涯の暮らしの保障はさほど期待できなくなっています。つまり、ここでも「安定」と「自由」のトレードオフが起きているわけ。
ここ20年ほど日本とヨーロッパの女性を比較して感じるのは、ヨーロッパ人が「自由」を重んじるのに対して、日本女性は多少窮屈でも「安定」を求めるということです。大きな自由とちょっとした安全があればいいというこちら欧州の女性に比べると、日本人は大きな安全、確実な暮らしを求めてきた。自己実現?そんな、実現したいほどの自己なんてあらへんわ、というのが私たちの世代の女性の大多数だったように思えます。
それと「結婚」というものの意義、というよりは社会的な体面が重要なので、未婚のまま男女が暮らす例は少なく、また結婚しないと共に不利なような制度になっている。はやく言えばこれは日本の雄古狸の都合で、勝手にほっつき歩かないようにしてほしいということ。対する日本女性もなかなかのもので、そういう狸ジジイの心理に乗じて暮らしを保証していただき、あとはちょっとした自由が味わえればまあいいか、という態度。
今、結婚した男女の別姓を認めるかどうかという議論がありますが、これ、蓋を開けてみると、別姓を望む女性は今のところはかなり少数派で、「家庭というものが維持できなくなる」というオッサン・ジイサンの懸念は杞憂だと思いますよ。だって女の多くは「早く新しい名字を得て、自分が結婚したことを示したい」と願っているのだもの。
私の知り合いにも離婚した人はいますが、生活力はあるので別に困らないのだけれど、元の姓に戻すとまるでずっと未婚だったように見えるというので、元夫の姓を維持している人が結構います。あるいは仕事には元夫の姓、私生活は旧姓、郵便箱には元夫の姓を括弧付きで使って、とにかく結婚したことがある、という事実を明らかにする人が多い。どうしてこんな面倒なことをするのかなあ。
ただし、これは私たち1940年代から50年代の、明治末・大正・昭和初期生まれの親を持つ人たちで、今の若い人には未婚・既婚の違いより、仕事を持っているかどうかが重要な自己評価の基準だから、近い将来かなりの変化があるでしょうね。そのときは「家庭の維持」を唱えるジイサンもこの世からほぼ消えているだろうから、夫婦別姓は時間の問題だと思います。
それに今の時代、女の方が断然長く生きるので、生涯夫に従順であっても最晩年の保証なんかないし。生涯独身の女性の晩年の苦境が話題になることがありますが、ざっと見るところ、男にすがって生きていた女の方が状況は危ういことも。自由を犠牲にして生きたのに、それと引き換えのはずの安定も得られなかった、という悲劇はわりとよくあるような気がする。
とはいえ、日本の若い女性の結婚願望は今もかなりのもので、先進国では例外的ですね。彼女らが「結婚したら、私、専業主婦でもいいです」などというのを聞くと「何アホなことゆうてるねん」と呆れてしまう。あなたのためには仕事を辞めてもいいのよ、と恩着せがましいことを言いながら、実は三食昼寝付きの暮らしを望んでいるだけ。
そういう女を早く日本社会から追放しないと、日本に未来はないですよ。