展望 現代の詩歌 野山嘉正/飛高隆夫編 第1巻 詩I-1 :明治書院2007年1月刊
立石図書館からもらってきた本です… 2人の詩人の詩を紹介します
最初は「美しい断崖」田村隆一、2番目は「わたしの本はすぐに終わる」吉本隆明です
(頭の中で縦書きにしてご覧ください、初出は1996年「スバル」、とあります、詩の中のプロポ、はフランスの哲学者アランの「プロポ」)
77〜78ページより引用
< 美しい断崖 >
「どこにいても美しい断崖は見える」
フランスの哲学者は
そのプロポで語っているが
ぼくには
断崖そのものも見えない
水平線や地平線
ネパールの草原で月は東に陽は西に
その平安に満ちた光景には
心を奪われたくせに
「美しい断崖」にはなってくれない
きっと僕の目は
肉眼になっていないのだ
ただ視力だけで七十年以上も地上を歩いてきたのにちがいない
まず熱性の秘密を探ること
腐敗生物質という肉体のおだやかな解体を知ること
愛が生まれるのはその瞬間である
視力だけで生きるものには愛を経験することはできない
生物は「物」である
生物の本能もまた「物」である
だが
視力が肉眼と化したとき
ものは心に生れ変る たとえ
地の果てまで旅したとしても
視力だけでは「物」しか見えない
肉眼によって
物と心とが核融合する一瞬
一千万 百億の生物が瞬時に消滅したとしても
この世には消えないものがある
***
引用以上
次は吉本隆明の1993年3月に「新潮」に発表されたものです
221〜223ページより引用
< わたしの本はすぐに終わる >
(前略)
わたしたちは誰も
ゆくか かえるしか
できない
鳥たちの水のなかの群れ
うつる雲 ゆく風 枯れて折れた蓮の葉
みんなとり巻かれた景物だ
とまったままいられるのは
植物のような幸だけ
温みと凍み
ふたつのあいだを季節ごと
移るだけでいいのは
鳥たちのような幸いだけ
わたしたちは誰も
動く病気だ
とまるとき 不安がなければ
それは死のとき
まだ快楽にひたりきらないうち
もう夜明けがやってきて
旅宿(ホテル)を追い立てられてしまう旅
そして死は不満のようにそれて
言葉の旗に出迎えられる
魅惑の路には
夜明けの色の蜜が流れている 街はずれ
海の寄せ場には 子どもの好きな
秘密の場所があった
いちばん仲のよかったハゼや穴子
てぐすの糸がひと筋あれば
内密の会話がはずんだ
巨きな遊歴な途次だとひそかに告げた
あの魚たちだけには
どこまで どこまで行くのだろう
あおじろい恐怖がつきまとう
魚たちから 信号があったら
あの場所に帰らなくてはならない
***
引用以上
意味が読み取れない現代詩、もちろん読んでもわからないのでスルーですけど、この本を読んでいて思わず取り上げたのがこの2人でした、絵を見るのと同じ感覚で胸がざわつきました、懐かしいような、それでいてすーっと崖っぷちに立たされたような原風景が、見たことも無いその原風景がなんとなく身近に感じられ懐かしい…詩がもし絵と同じならば、その前に佇めばいい…勝手に多分そう思って、取り上げたんだなぁと今気が付きました、コメントで取り上げてくださったタクシーの運転手さん…詩人だなぁと思いました