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チョムスキー入門(生成文法の謎を解く)町田健著:光文社新書2006年2月初版1刷発行
人は生まれながらにして「言葉を話す能力を備えている」という仮説をもとに一般的な言葉の仕組みを解明する言語学。
人間が5歳ともなれば言葉をしゃべり出すのはもともと人間にそのような能力が備わっていたからに違いないという仮説です。そんな短期間の間にしゃべれるのはもともと人間にはしゃべれる能力があった。
著者の町田さんは、本の中で短く、5歳でしゃべれるようになるのがなぜ「短い」と言えるのかとぽろっと本音を漏らしています。つまり5年と言う期間は決して短くはないという見方です。
言語の統一的な文法規則を探求するチョムスキー、苦戦しているように見えました。この本の著者はチョムスキーが存命中にどこまで探求できるか心配しています。
面白いので僕も仮説を立てて見ました。一つ一つの単語は、というか名詞は、イメージ:画像。
仮説…言語は名詞から始まる。
目の見えない方にも画像はある。猫にも犬にもある、カラスや鳩にもはっきりとたくさんの画像が内蔵されている。
都会の鳩とは明らかにぶつかると思わない限り自転車を避けない。荒川にいるたくさんのムクドリも最近はすっかり人に慣れて鳩並み、僕が近づいてもある程度距離が保たれていれば逃げない。ムクドリの脳に残っている画像≒人間≒名詞とでも強引に紐付けする。人間→相当近づいても人間はのろまなので安全。
赤ちゃんも画像:名詞に対応していると思う。
画像≒名詞
ということにすると猫も鳩もしゃべっていることになる。草花同士でも話しているという最近の研究すらある位ですから、、ここのところ1つ、ぼくの顔を立てて納得してみてください。
目の不自由な人は「耳や手で見ている」。イメージが定着すればそれで第一段階はオーケー。
代用するするものが必ずある。形をとらえることが生存の基本だ。
画像≒名詞、、と同定すると、猫も鳩も言葉を話せない赤ちゃんも、、「画像≒名詞」の名詞が何を意味するかわからなくても画像を見れば何らかの行動が決定する。
大人になるに従って名詞に付いた紐(見出し紙、索引)が増えてゆく。
ごまんとある索引を引っ張り出すのなんか、シナプスが樹枝状につながっているので、脳にとってはお茶の子さいさいの処理です。つまり言葉の発展に文法なんて不要だったんですね。文法は後からゆっくり考えればよい。文法から解き起こすからわけわからなくなると僕は思いました。チョムスキーさんごめんなさい。
一例だけあげますと、、僕は商売をしているとき人の顔がお金に見えました…
「画像:財布の紐が緩そうな人≒名詞:お金」
ごめんなさい🙏
なお、1番肝心な「画像≒名詞」を強弁するには、風が吹けば桶屋が儲かる方式の展開を各自、して画像と名詞を同定してくださいませ♪
(ちなみに同定、とはニュートンがりんごが木から落ちるのを見て引力を発見したとき、、ニュートンにはリンゴが地球に見えた、つまり地球とリンゴを同定した、、昔、偉い人がそう言ってたような気がします。
この無茶苦茶な僕の理屈(ある意味あまりに単純な仕組み)をこねていると、猫や鳩や雲や木が話しかけてきます、赤ちゃんや猫が花にじゃれついている時は花を人間や仲間と同定しているのだと思います🤪)
①形をとらえる②比較する、、人間にはこの能力しか備わっていないと僕は思っています、、あの人が1番きれい、あの人が1番頭が良い…つい口走ってしまうのはその能力が突出しているせいだ。それを能力と言って良いのかどうか?
小学生や中学生が安易にそういうことを言わないようにするのが教育だと僕は思っています、、
上記に話した事は、小説の中に出てくる主人公の旦那の言語学者のセリフに採用しようかなと今思いました。
この本を読んでよかったです。コラージュの断片が1つゲットできました。