5月11日(木) 曇り時々晴れ夕方小雨
昨日、本(※ ↓)を読みながら、小説を書くとはどういうことなのか柄にもなく考えました(三文文士は単なる暇つぶしのために書けばよいと承知してはいるものの、、)
登場人物に感情移入できたほうが面白いだろうと僕なんかは単純に考えていましたがそれは単なる一つの見方…かもしれないなと本を読みながら感じたことでした。
先入観なく、読者が読みたいように読む…というのが今風な小説の読み方かなと思います。
時代は移っていくし人間の気持ちもその時々の時流から無関係ではいられない…つまり、時空を超えた読者は、読みたいようにしか読めないとも言えるのではないでしょうか。(僕が作る小説は残る気遣いもないのでそんな心配は入りません、あはは🤣)そう考えれば小説を書く、物語を育んでみるという行為はもっと気楽にトライすべきことではないかと思いました。
可能性としては限りなくゼロに近いとしても、そこからまた別の発想が生まれるんですよ、世代はおろか時代さえも超えて…想像するだけで終わってしまうにしても、そう考えてみるだけで、なんて素敵なことだろうと思いました。次世代への伝言ゲーム。ぜひトライしていただきたいです、というか面白いのでまず僕が書きます、あはは🤣
(※外山滋比古著作集 2
近代読者論:みすず書房2002年6月発行)
(やれやれと老いに追いつく老いの春
やっとこの頃「老い」に追いつけたかなと思います、早とちりかもしれないけれど。追いついてみればどうということはない。
ゆっくり「老い」を生きていけばいい…なんちゃって😅)
縁の深い国に行ったことがない…好いお話だなぁと思いました。口からでまかせに尤もらしいことを拵えて、物語にしようなんて大されたことを、、遊びにしようとさらにとんでもないことを考えている僕としては勢いがつきます、、読者は1人…これ以上ないひとり遊びです…😅
外山滋比古さん、日本語のお目付け役みたいな人でしたね。その著作を読むと、自分の作文の問題を指摘され叱られているような気がしたものです。この方、英文学が専門なのに、英国はおろか日本の外の国には全く行ったことがなかったそうです。想像の中の英国はきっと美しかったでしょうね。そういえば、源氏物語の英訳で有名なアーサー・ウェイリ―も日本を訪れたことは全くなかったとか。