午後のひとときをひたすら本を読むことに当てています。図書館はそれに適しています。知らないことが多すぎる。そして、もしかしたら知らなくても良いことが耳に入ってくることが多すぎる。
「知っている」ことが「知らないこと」をカバーする事は永遠にありえない。こんな当たり前なことに気がつけないほど忙しい。忙しい自覚すら少ない。忙しいから自分をさらけ出す危険を避ける。コロナ騒ぎですっかり身に付いたマスクがその匿名化を加速している、とさえ僕は思ってしまいます。
多分僕も、人々の間に紛れ込むのは特権だと思っている。多くの人もその自覚がなくても自己防衛のためにその自覚があるなしにかかわらずそう行動している。世の中は危険に満ちている。ひたすら安全を願ってきた僕らは…自分を守ってくれるべき安全の中に危険を見出そうとしている。ひたすら自己保身に走る。漫画を見ているようだ。
特効薬はある。面と向かって会話することだと思う。それだけが本当の情報だ。昔からそうだったような気がする。
(地球は俯瞰するには大きすぎる。把握できると思うほど僕らの頭は単純にできている。会話することは一人一人が持っている地球のイメージ、またはその人のなかの宇宙を確認することだと思いました。そんなことができるとは思いもしませんが、あはは😅)
知らなくてもいいことでも、ネットやテレビや新聞で知ってしまいます。知ったから別に有害ということもないのですが、煩いなと思う。典型は普通の全国紙に掲載される、俳優だか歌手だかタレントだかの結婚・離婚・出産ニュース。こういうのを知りたがっている人がいるんですね、だから新聞に載せるんでしょ。芸能ニュース専門の雑誌やサイトがあるはずだから、そっちに任せればいいのに。天下のYやMやAやSの新聞記者たち、どんな顔して取材するのかなあ。