小さなことを喜べる人だった、それと、無駄遣いしない事も身に付いていた証拠に金目のものは一切身に付けない。際立っていたのは…よいときのことを忘れないこと。Mちゃんのことだ。小さなことを喜ぶ性質を継いでいたのは意外なことに兄だった。そもそも無駄遣いしないし。その点僕はダメ。姉はMちゃんからよく、諭されていた、、一緒に暮らしている人とのよかったときのことを思い出して、気を鎮めること。あれもこれも小さい頃から身につけたMちゃんの身を守る経験則だったろう。
会ったこともない人のことを思い出すことがある。会ったことも無いのに? 例えば本の中に描かれた人物のことを…。その人の優しさ律儀さ。愛に関する誤解や行き違い勘違い…圧倒的な理不尽さその人にしかわからない、寄り添うことさえ嘘くさい。わからないことをなぜ分かろうとするのだろう。人間だからだ。そこのところのあきらめも僕は…Mちゃんから学んだと思う。自身を守ってくれるもの、好きなこと、好きな人の好きな部分だけ身に纏う、、そのほかは事故に遭ったと思って水に流して自己保身最優先、基本だと思う。世界は小さい、人生は短い。早朝の京浜東北線から愛を発信、なんちゃって^_^。
寄り添わなければわからないこともたくさんありますね、兄のことです…今はあけすけになんでもいいあっています、僕のことも理解し始めているようです^_^
Mちゃん、会ったこともない人、でも私よく思い出しますよ。かちねっとにアップしたクリスマス飾りを褒めて下さったこととか。枕元にドクダミの花を活けてあったこととか。「ありがとね」という表現がカジュアルで優しくて素敵だと思った。
質素で無駄遣いせず見栄も張らず小さなことを喜ぶ。妹と私がよく「こういう母親だったら、私たちの人生も楽しかったのにね」と話していたお母さんのイメージ。