2009年ドイツ紀行🇩🇪 005
…ドレスデンの街を散策…
1月26日(月)
5時起床、窓の外は街灯の周りだけが明るく、あとは暗闇、クラシックな建物がより幻想的に見えます。街頭やレストランなどの室内照明も必要最低限のところで抑えているのがドイツ方式のようです。
月曜日なので博物館・美術館は休館日です。夕方のベルリンへ戻る車の時刻まで、のんびりと過ごすことに決めて、遅めの朝食にしました。受付でチェックアウトの時間を確かめると12時までOKだったので、荷物を残したままで周辺の見学に出かけました。
まず、ドレスデン・ザクセン州立歌劇劇場。1841年に完成して以来、1869年の火災で再建、1945年2月の空爆に遭いましたが、音楽の都ドレスデンの名声に応えて、東ドイツ時代に昔の美しさで再建された建物です。フラウエン教会、1743年にプロテスタントの教会として建設されました。空爆により崩壊しましたが、東ドイツは教会を必要としなかったためか、再建されたのはベルリンの壁崩壊後。市民グループの呼びかけがきっかけで、世界中から1億ユーロを超える寄付金が集まり、瓦礫のひとつひとつをコンピューターで調べて元の位置にはめ込んで作られました。2004年7月には、空爆を行ったイギリス兵士の息子が制作した十字架が取り付けられ、平和のシンボルとなっています。
ドレスデン王宮の壁画、マイセン焼のタイルで描かれた王宮の外側の壁画は、1200度の高温で作られていたために、空爆の火災に耐えて残りました。「先帝侯の行進」という題がついています。もちろん王宮は再建されています。
ツィンガー宮殿を見学した後、ホテルをチェックアウトし、カールシュタットと言うデパートに入りました。最上階は300人位が入れる大食堂になっています。中央の1段高くなったところにグランドピアノが置かれ、夜には演奏もあるようです。セルフサービス方式でお盆の上に飲食物を載せて、レジで代金を払って自分の席に戻ります。飲み物は小さめのビン入りです。野菜炒めのところでは、ボール1杯に好みの野菜やきのこを入れて、料理をする女性に渡して炒めてもらいます。その女性の後ろの壁には、タテ・ヨコのアンバランスな漢字がいろいろと書かれていて、つまり中華料理というわけ。周りでは、定年退職者らしい老夫婦が静かに食事をしていたり、庶民の息抜きの場所かもしれません。私たちのような観光客の姿は見かけませんでした。
パスタにサラダ、ワインで昼食をとり、交代でデパート内の見学をしました。地下の食料品売り場には「月桂冠」や「チョーヤの梅酒」も置いてありました。妻は柄が気に入ったといって、テーブルクロス、布団カバー、ワイシャツなどを買って戻ってきました。このデパートで3時間ほど過ごしてから、1ユーロショップや土産物店を見て、ドレスデン中央駅に戻り、ハンブルグ行きの列車に乗ってベルリンに戻りました。
フリードリヒシュトラッセ駅地下のパン屋でサンドイッチを買い、ホテルの隣のスターバックスに入りましたが、店員に「コーヒー」と「ティー」は通じたものの、テイクアウトとサイズのL・M ・Sが通じません。近くに座っていた若い女性が通訳してくれました。スターバックスの上の階がベルリッツ英会話学校なので、先生か生徒だったのではないかと思います。旧東ドイツの外国語教育がロシア語中心であった影響が、こんなところにも感じられました。
次号に続く
え、月曜日にデパート?と思ってから自分で笑ってしまいました。昔三越は(もしかして今も?)月曜日がお休みだったので、それが頭の中に擦り込まれているのですね。ドイツのデパートは日本とは全く違って庶民的で、昔のイトーヨーカドーやダイエーのクラス。
三越の話になりますが、5、6年前に日本で私がちょっと用があったので夫には好きにしてもらおうと日本橋三越の前に連れて行き、見物が終わったらホテルにタクシーで帰ってらっしゃい、と言って別れました。そしたら何と水天宮のホテルまで歩いて帰って来て(おみやげは途中で買った鯛焼き)、言うことには「あんなに豪華で贅沢な店、生れて初めてみた、すごい!」上から下まで全部の売り場を回ったらしい。
ドイツでは高級品を買いたければ(あるいは見たければ)、ミュンヘンならマキシミリアン通り、デュッセルドルフならケーニヒ通り、チューリッヒではバーンホフ通りに世界の超高級品が並んでいますが、日本のようにちょっと手元が暖かいからデパートに寄って良い物を買う、っていうのはない。貧富の差、というより、中流と上流の差がもう半端でないのです。
ドレスデンの建築物はどれも荘厳ですよね。これらはほとんどがザクセン選帝侯アウグスト1世の時代に建設されたもの。この人すごい力持ちで剛健王とかなんとか呼ばれていましたが、やることがとにかく桁違いでお妾さんの数も浜の真砂ほど。当然子供も多く家族欄には「庶子多数」なんて書いてある。ドレスデンの町にこの人の行列の光景が描かれた壁があることはブログに記されている通り。お気に入りだったお妾さんの名前を付けたカフェもあります。それもフラウエン教会のすぐそばです。教会の横に愛妾の名のカフェ。日本人の感覚では「いいのかなー」って思いますけど。
そうそう、おっしゃる通り、エルベ河一帯の光景はUNESCOの世界遺産に登録されていたのが、交通渋滞を緩和するために作った橋で景観が損なわれたとして、世界遺産をとり消されたんですよね。UNESCOが「近代的な橋を架けるのはよせ!」と脅しても、市民生活の便宜の方が大事、と言って取りあわなかった。(丸太の橋ならいいんかい、と訊きたい。)偉いですよね。立派ですよね。相手が国際機関となると卑屈にへいこら頭下げて、お願い、うちも登録して、などと懇願するどこかの国は、ドレスデン市の爪の垢でも飲め、と言いたい。
世界遺産を取り消されても、ドレスデンの人気は変わっていないどころか、私のように「気に入った、また来る!」という旅行者も多いようです。
ただね、ここ(ザクセン全体)嫌メルケルなんでここ16年の政権のすることには反発してばかりで、それでワクチン接種にもノーという市民がすごく多い。当然感染者も多く、知事がときど疲労困憊の様子でTVに出てきて、お願い、接種して、と州民に訴えています。国連なんか蹴散らせるけど、頑固な州民には勝てない、というところ。
そうそう、エルベではちょっと船に乗ってチェコまで行ってみました。といってもチェコとの国境はすぐ近くなんです。エルベ河の流れを示した簡単な地図を貼っておきます。
破線の部分がドイツとチェコの国境。ドレスデンから北に下るとすぐマイセンがあり(ここのお城は
中世の雰囲気に溢れている)、そこからずーっと北西に進むとハンブルク。ここは河口の港町で活気があって豊かですが、今回ハンブルクは旅程に入っていない?残念。