4月3日(木)
昨日の雨上がりの午後押上のよりみち自由室へお邪魔した。Qさんが、よりみち自由室の近くで、その場所探している様子。挨拶を交わして一緒によりみち自由室に行く。
先に来ていた方達とエールを交わし、僕は Qさん持参のたい焼きをほおばりながら、Qさんの話に耳を傾ける。テーマは引きこもりの人たちへのアプローチ。
引きこもりの人たち、百数十万人おそらくは予備軍も含めれば、その倍はいるだろう(適当なこと言ってます)。
働きたい人にその人に合った仕事を用意できないなんて、国の無策ではないのか。不登校児や生徒にその人に合った練習問題や面白い課題を提示できないことも全く同じ無策と言いたい)こんな大事なことを、政策の最重要課題にあげないことが不思議でたまりません。対症療法に集中するあまり、問題解決の方向を見失っている。問題の発生原因の追求がないがしろにされている。
(その一方で、不安を煽って強迫観念に陥らせることにマスコミはなぜか熱心だ。社会に警鐘を鳴らしていること自体が仕事でもあるかのように、、新聞も読まない僕が適当なこと言ってます。取材した記者の署名入りの記事がもっと増えたら率先して、僕も読むようになるだろう、、今日も偉そう😅)
社会全体の問題なのに、局所療法で対応しようとしていることが問題。そもそも引きこもりの人が例えばその予備軍も見込んで300万人いるとしてそれは問題なのか?
(それは問題として、国を挙げて、専門家を交えて、討論を積み重ねている事は、僕も少し知っています、法律の整備や対症療法の成果も上げていることは僕でも知っていますが、
僕が今日取り上げているのは、対症療法の話ではないのです)
効率化省力化で突っ走ってきた結果として当然生み出される、余剰人員、という視点が欲しいということです。それを個人の資質の問題や、あろうことか、最近までは、引きこもりの人を抱える家庭の問題にまで、問題のすり替えをして…適応できなかったからといって排除して済む問題ではまったくない。法律の整備をしたからといって済む問題でもない。問題の立て方そのものを問題にしているんですから。
それを局所療法で対応しようとするから、マッチポンプのようなことになる。その仕事に向いてないから、ドロップアウトせざるを得なかったのに…またその仕事につかせようとしている。合わない仕事に無理に就業させて実行できなければ能力不足で切り捨てられる…こんなことを繰り返して何が面白いんだろう?ばかじゃないの?
能力主義の基準を疑ってみることすらしない。AIでもできることを人間がやる必要はない。AIでは結論が出せないことを人間が考えればいいだけの話(なぜ人間が考えなければいけないか、そんなことすらわからないなら、試しにAIに仕事を作れと言ってみな)
余剰人員を生み出すことも最初から予想
できていた。産業革命以来、の職業の変遷を見れば誰の目にも明らか。古いものは新しいものにとって、代わられる。その都度、余剰人員は当然出る。
新しく仕事を作れない限り余剰人員をキープしておく事は、社会の安全弁としてオッケーという考えを社会の構成員としての我々一人一人がそのことに納得しなければ、この問題は解決しない。300万人ぐらいの人を養える余裕がすなわち国力。国民が誇るべきはその余裕。
政治家がそれを言わないのは怠慢。局所療法でお茶を濁そうとしている。繰り返しになるけれど…そもそも論から言えば、そもそも働きたいのに適切な働き場所を用意できないのは政治家の責任ではないのか。そういう政治家がいないのなら、そういうことを最大の課題とする政治家を選べばいい。
10歳代から40歳代以上(引きこもり期間も半年前後から30年以上までにわたる)と世代の広がりを見せる引きこもりの人たちにどう呼びかけるか…そのほんの一例、でも、 Qさんのオリジナルゲーム!を昨日会った友人の Qさんが教えてくれた。
(これで解決できるというものではもちろんありません。引きこもりの方と接触を持つためのほんの一例です。引っ込み思案の激しかった僕が少しずつ社会に復帰できたように Qさんのゲームにトライしてみて…このゲームを1つの拠り所とした呼びかけに応じてくれる人は必ずいると思いました。
カメラメーカーに居ながら、その会社のカメラに触って遊んだこともなく…またある時、ゲームの輸入会社に簎を置いていた時、ゲーム機に触ったこともなかったこの僕が何十年ぶりかでゲームに参加できました!)。
ちょっと一緒に遊びませんか。ルールはとても簡単。ブラックボックスに手を突っ込んで札を取る。自分が集めている札でなかったものは、ブラックボックスに返す。そうやって、手札が増えていって、ジグソーパズルが完成した暁には…ひっくり返すと想像もしなかった画面が現れる。これをその友人は独自に考えたと言う。手作り感満載の粗末なチップ、その分豊かな人間味に溢れた厚紙で作られたチップ…この人は天才だと僕は思いました、間違いなく人間のことをよくわかっている。
引っ込み思案になっている人に直感的に理解できるルールでゲームを展開していく。一言も言葉を発しなくてもゲームに参加できる。無心にブラックボックスに手を突っ込み、自分が集めてる札を探っていく。完成した暁には、あっと驚く結末が待っている。
こんなグッドアイデア満載のゲームを広めないでなんとする。友人に広め方を聞かれた。僕はいつもの言葉を繰り返す。
たった1人で突っぱしれ!(周りで動き出さないのなら、自分で動き出すしかないだろう、、馬鹿の一つ覚えのような何の根拠もない僕の呪文です)自分のセンスを信じて。少なくとも僕はついていく。僕を口説いたのは君。来月までにもう1人口説くのが君の仕事ではないのか?君は君の仕事を作ったのだ。君は僕の仕事も作ってくれた、、ありがとう Q さん😌僕を師匠呼ばわりする君こそ、僕の師匠だ❣️
引きこもりの人の問題は引きこもりの人の問題ではない。ゲームのルールを変えない我々一人ひとりの問題だ。僕を含めてルールそのものを変えようともしない周りの人間が馬鹿に見えてきた。
(小さな出会いの大きな成果…昨日午後墨田区にある、よりみち自由室での出来事、よりみち自由室万歳、、僕にとっては小躍りしたいほどの嬉しい事件だったことを告白します)
ヒキコモリという言葉は今やドイツでも知られています。新聞記事になったりしましたので。
そのヒキコモリ現象はドイツでは聞いたことがありませんが、一つには家に引き籠って何もしないというのはドイツ人の体質に合わないからでしょう。何かをしていないと気が済まない。むしろ過活動の問題の方が大きい、ムシャクシャすれば外に出て犯罪に走る。それを「精神的な病」ということにして擁護するのが最近の風潮です。
もうひとつ、何もせずに家に引きこもるということはドイツではやりにくい。ドイツの場合は、子供が病気でもない限り、一定の年齢になると養う義務は親には無く、親もドライなので、親の元で食べさせてもらうことはそう簡単ではありませんし、家庭が崩壊している場合も多くて継母・継父に甘えることもできない。親の家で暮らして食べさせてもらうという暮らしは、あまり聞いたことがありません。
一方、ドイツの法律では、親が生活保護を必要とするほど貧しいと、その親を養う義務が子に課されます。それで兄弟間で争いになることも多く、この義務から解放されるには子供が親同等に貧しくなればいいので、自ら失業者になります。失業保険はうまくやれば2,3年もらえて、その後は生活保護受給者になる。配偶者の親に関しても同じ義務が生じるため、結婚も避けるようになります。同棲だと配偶者の親には何もしなくていいですから。
さらに、同棲でも非婚でも子供が生まれれば子供への児童手当がかなり多いので、子供が3,4人もいればそれと生活保護費とで十分に暮らせます。
ドイツやその他の欧州の制度を話せばキリがないのでこの辺で辞めますが、言いたいのは、どの国にも問題は山積で、欧州が日本より進んでいるなんて言うのは隣の芝生。どの国にも根本的な解決策はありません。でもそれで国が何とかなっている限りは、解決する気もないみたい。
300万人の失業者が要るのに、人手不足で小さな小売店や飲食業者や零細企業が次々に閉鎖しています。カッコ悪い仕事などご免被っていいのです。したくない仕事を押しつけるのは「尊厳」に反するのですって。国民の税金で暮らすのは尊厳に反する生き方ではないそうです。
これでいつまで持つんだろう、欧州諸国。