3月27日(木)
よりみち花見会に顔を出させていただいた。
錦糸公園、僕は5歳の頃…押上から錦糸公園まで父の肩車で、、🎵しろじにあかくーひのまるそめてー、、と、がっしりはしているものの、ちょっと不安定な父の肩と支える腕を感じながら歌を歌って通ったことを思い出しました。
おもむろにござを広げて、ござの上に座る。視線の高さが揃えば、大人も子供もない。それだけで非日常が現出する。
お花見に目的があるのか?もちろんある。自分の日常生活とは普段あまり関係ない人にたくさん会う。
多少の縁で結ばれた人たちとござの上に座っていつもの生活と関係ないことを話す。
たとえ生活のことを話していても、桜の下では、慌ただしい普段の生活がちょっとだけ遠のいていく。桜の開花に立ち会いながら、花より団子、団子より話に花を咲かせる。お花見の醍醐味だな。
その、非日常に付け込んでちゃっかり微助っ人クラブメンバー募集して詐欺師まがいな無粋な行動を取ったのが、この僕だ。確信犯。
人は集まるだけで何かが起こる。今までもそうだったじゃないか。一人一人が、それぞれの考えで、それぞれの目的をもって日常生活を送っている。でもでも、、思い出したように…隣は何をする人ぞ。
人は集まれば集まるほど親和力は薄まっていくという説がある。人工集中に反比例して親和力は減少するとか(過疎地の親和力について誰か語っていないかな?)
子供の頃から賑やかなところが嫌いな僕は他の人よりもその度合いが強いかもしれない。親しくないから、心理的に遠くにいる人だから、かえって強引に知り合いになっていただけた。きっとそうだ。
あえていろいろな分野の方にお集まりいただいたつもりの微助っ人クラブ、、行き先はみんなで決めてくれ…こんなちゃらんぽらんなお集まり、、一体どうなっていくのかな?
人は一人ひとりが巨大な情報の倉庫。
昨日は桜の下で気分が弾けた。ノンアルコール缶ビール1本で、僕の頭の中は桜で充満した。
(今日は微助っ人クラブのはじめての顔合わせ会を僕の家でやる。木曜雑談会と友人にご無理言って木片と紙に墨汁で書いていただいた。朝になったら、それらを張り出す。多分僕は今日も人に酔うだろう)
人生の帳尻を合わせられた人は幸せと言っていいのかなぁと思いました。
その刹那桜開ける春の風
加齢による衰え、目に見えてわかるようになりました。膝の衰え、咀嚼力の低下、滑舌の衰え1年ごとに大きく変わります。回復力の遅さで体が変わったことを思い知らされます。ジムに通ってくる人の加齢による衰え、岡目八目手に取るようにわかります。僕もまた見られている。
酒が呑めるうちが花、人生楽しんだもの勝ち、よく言われていることが実感として迫ってきます…僕もしっかり歳をとりました😌