12月31日(火)
好い大晦日になりそうだ。四つ木御殿でそば打ちの会がある。数人の参加者がありいつものようにそばを打った後、そばを食すわけですが…年越しそば。
そもそもそんなもの食べた記憶がない。今日その記憶を作る。嬉しい。いかにも奥手の僕にふさわしいイベント。
来年の目標も今決まった。楽しめる人をたくさん見つけること。これに尽きる。楽しむ人の周りには楽しみたい人が集まってくる。
来年の1年の計になる。1年の計は元旦にあり…とても深い意味だと今初めてわかった。
本を紹介します。東京暮らし:川本三郎著2008年2月初版発行
柴田宵曲(明治30年から昭和41年)。文学辞典に載ることも少ない。俳人、近世・近代文化研究家、偉大なる雑学者、、と本の中で紹介があり、俳句は正岡子規の弟子、寒川鼠骨に学ぶ。正岡子規の孫弟子ということになる。(68ページ)
彼の著した「明治風物誌」からの引用(70ページ)
「正岡子規の学生時代、四谷に陸羯南(くがかつなん)を訪うたことがある。帰りが夜になって、寒い月下の道を帰る途中、ふところには寛永通宝が三四枚しかない。これを以て焼き芋を購ひ、むしゃむしゃ食べながら神田まで歩いて帰った」。若き日の子規が、焼き芋を食べながら寒い夜を歩く。微笑ましい。明治の書生の姿が好ましく思い浮かぶ。
後年、子規はこの夜のことを思い出し「いもくひながら四谷帰る夜の寒かりし」という句まで作っている。よほど「焼き芋」が思い出になったのだろう。
川本三郎のこの本の中にもう1人文学者が紹介されている。192ページ。
小島政二郎という人気作家がいた。
食いしん坊で「食の小島」といわれた。食の随筆「食いしん坊」は好評を博した。
この人の家にお手伝いさんが来た。「食の小島」の家だから、おいしい料理が習えるだろうと期待した。ところが来て見て驚いた。
小島先生は、六日も続けて、おかかと海苔ばかりでごはんを食べている。「食の小島」が意外や、ふだんは、ねこめしが好きだったのである。
小島先生によると、戦前、「香弁」「ネコ弁」といううまい弁当があった。「香弁」はごはんにいろいろな香のものが入っているだけ。「ネコ弁」は、ごはんの上におかかをかけたもの。昔はこんなシンプルな弁当が人気があったというのだから、うれしくなる。
以上今日のおまけでした^_^
今年はわけあって年末年始のカードは書かず、カード・賀状を下さった方々のみに、年が明けて返事を差し上げることにしました。理由はいくつかありますが、一つには同い年でも「今回にて年賀状のやり取りはお断り」みたいな、結構慇懃無礼な返事が今年初めに来て、おや、迷惑だったのか、と驚いたこともあります。又、確かに私のように海外にいる者への手紙は、郵便料もすっかり値上がりしている昨今迷惑らしいので、もういただかなくて結構と申し上げたいのです。
夫のもとにはドイツ国内のほか英米の親戚からも次々カードが届いていて、パッと見ただけで、あ、アメリカから、と分かります。家族の賑やかというか派手というか「私たち幸せいっぱい、ほら見て見て」のアピールが強烈で、これ、とても意地悪な反応でしょうが、「あんたたちの幸せ・不幸せに誰かが関心を持っていると本気で思っているの」と言いたくなる。第一、子供っぽくないですか、こういうの。
もっと慎ましく控えめに新年を祝ってほしいものです、なんて言うのは古臭い日本の婆さんだけかしらね。