来年早々操体法の講座が始まる。操体法とは何か…わかったようでわからない。
悩みは解決しない。あえて解決しないのだ。悩みは悩みのまま悩んだままにしておく。ここがわからないと操体法そのものがわからない。
悩みを簡単にわかってはいけない。操体法の講師に質問していく。操体法とはなんですか?
悩みはいじらないということですか?悩みはそのままそっとそこに置いておく…そうなんですね?
僕は講師に畳み掛ける。そうですと講師は答えます。
もう一度確認する、、悩みは悩みのままそこにそっと置いておく…僕は自問する。思考停止と言うことではない。そっとしておけと言うのだ。
それができて初めて操体法が始まると?
🤔🙄😐うーん、、
悩みは解決する方向に、放っておけば進んでしまう、それをあえて解決せずにそっとそこに置いておく、そこからしか始まらないと講師は言う。
講師にとってそれは簡単なことでも一般的にはわかったようでわからない。それを伝えるために1年間かけると言う。僕も覚悟を迫られる。やるしかない。
そんなことで人がついてくるのか?講師の覚悟はどうなのだ、、僕はもう一度聞く。
一緒にやっていく、と講師は答える。
僕は、まだわかったようでわからない。わかっている人にはわかる。多分自明なのだ。
わからない人はついていくしかない。ついていこうと思う。
たどり着けるのか?それを探っていこうと思う。参加する人それぞれがそう覚悟するしかない。
ちょっと大変なことを始めてしまったかもしれない。すごく簡単なことかもしれないとも思う。多分覚悟の問題なのだと思う。飛び降りる覚悟?ちょっと違う。直感に頼ってバランスをとっていく。それを伝える講師も大変だ。サポートしていこうと思う。
多分本人が自覚しているよりも早く老化は進む。その老化と一緒に体を運用していく、、それが操体法の1つの考え方?と講師に質問してみようと思う。
友人に紹介された荒川区の三原橋にある商店街を訪ねてみた。京成町屋から都電に乗って。
ジョイフル商店街は30年前の立石に似ていた。人間も街も古いまま馴染んでいた。いずれ淘汰されていくだろう、ゆっくりと穏やかに。
ドイツでは知らなかったのですが、日本でテレビを見ていたら「カールさんとティナさん」を紹介する番組が何度かあって(カールさんはドイツ人、ティナさんはアルゼンチン生れ)、建築家のカールさん、新潟県の村の古い家を買い取って次々に改築してもう一度住めるようにしているという話でした。カールさんの言葉で心に残ったのが「古い家のない町は記憶のない人と同じ」というもの。
人工的な新しい町が世界中で作られていますが、郷愁なんてゼロ、懐かしさも無論ない。だって思い出がないのだもの。