12月18日(水)
老いの坂をスピードをコントロールしながら転がってみせる。
最近、湯治客になったつもりでジムの風呂場を利用している。露天風呂風になっている浴槽に体を沈め温まったら湯船の縁に座って体を冷やす。湯冷めするちょっと手前でまた浴槽に体を沈める。ゆっくりと何回か繰り返すと、やっと自分の体が戻ってくるような気がする。
ほんの少しだけ泳いで後は自重トレーニング。仕上げにまた露天風呂を利用して出たり入ったり。2時間たっぷり潰れる。仕事のようにしている。中古車を扱うように僕の体をメンテナンスしながら老いの坂をゆっくりと転がっていこう。
じっとしていては転がっていくスピードを緩めることができない。
落ちていくスピードを利用して暮らしていこうと考えていたけれど…それはやめて、スピードを緩めるために体力を維持し、かつ、いたわりつつ、体のサビの手入れをしながら暮らしのリズムを作っていこうと思いました。
この2年間、僕のことを勝手に(水泳部の)会長と呼んでふざけていた人が…ふと見ると女の人に泳ぎ方を教えているのに気がついた。
2年前、あの方どうしてどうしたらあの泳ぎは直ると思いますかと思いますかと泳ぎ方の上手い方に尋ねますと… 体が固いと一言(つまり体が硬くては泳ぎが上手くならないという意味)、、でもそれを言っちゃあ始まらない…と僕は、思わず、水泳の教え上手なその人に小さな声で反論していました。
体が固いと言われたその方がおそらくは、泳ぎ方を尋ねられたからでしょうけれど腕のかき方を丁寧に教えている…うれしかったです…彼は心が柔らかかった。
目を凝らせば、少しずつ身の回りの風景が変わっていくのがわかる。僕が動けば人も動く。人が動けば僕も動く。そうやって少しずつ助け合いながらやっていこう。
今までは、冬は冬ごもりと思っていたけれどこれからは冬は湯治の季節になった。
先ほど40数年来の友人から、来年二月に股関節の手術を聖路加病院で受けることになったという知らせがありました。子供の頃からの脚の問題が加齢とともにひどくなり、最悪の影響を及ぼしたのは15,6年前のお母さんのintennsiveな介護だったそうです。(よくあるように、男兄弟は知らん顔。いちまるさんは本当に例外です。)
友人に医師が「80歳過ぎたら手術に踏み切りましょう」と言っているというので呆れて、その年齢で手術して仮に股関節はまともになっても、そのあとのリハビリには今(75歳)よりもずっと時間がかかるし、80歳では体力も衰えているだろうから、それで杖をついてでも念願の美術館や劇場に行くのも難しくなるはず、どうしてそんなに待つの!!と昨年遭ったときに私が怒り、今年の秋にもその忠告を繰り返して、決断に踏み切ってもらえたようです。
医師ともあろうものが、なぜそういうことに思いが至らないのかと、全く腹立たしい限り。それにしても、私の回りには元同級生・同僚など、股関節炎とリュウマチと、それから腎機能の低下(いずれ透析という人も)を訴える人がものすごく多いのですが、現在70代の人達のこれまでの生活に何か独特の問題があったのでしょうか、あるいは昔からあった障害・疾病だけれど、昔は気づかなかっただけなのか。
団塊世代の思春期・青春時代・壮年期についてあれこれと考えさせられています。