11月23日(土)
世の中は良識ある人々でもっている、、三木清のことば、、友人から聞いた。
何を言うか、ではない。誰が言うかだ、、これも同じ友人の言葉だ。
馬には乗ってみよ、人には添うてみよ、、今寝床で思い浮かんだ。
頭の中に去来するいろいろな想いが言葉を引っ張ってくる。
脳は言葉だけで成り立っているのではない事は僕でもなんとなく直感でわかるが、言葉がなければ人間もここまでは、やってこられなかった事は誰でも認めるだろう。
言葉でちゃんと説明できなくても人と人を結びつけることがあると思いたい。言葉でその思いが伝えられなければ歯がゆい思いはするけれど…その歯がゆさには理由がある。
話せばわかる…という意味は「話してもすぐにはわからないことがあるからこそ尚更話さなければならない」という意味なのだと思う。
気楽に微助っ人したりされたりすることで話してもわからないことを分かり合いたい。
(昨日は朝から区役所の広報課に出向き、微助っ人クラブのメンバー募集の広告の掲載をお願いした。
何のための会員募集かという点で引っかかった。
つまりその…僕も言葉に詰まった。
微助っ人クラブを一言では説明できないからだ。
区内の様々なグループ同士の交流を深めたい、ちょっとしたお手伝いを通して区民同士なんとなく仲良くなりたい、、と、しどろもどろになった僕。
伝えたいことやりたい事が頭に去来する…それを一言で言わなければ募集広告は受け付けてもらえない。
ちょっとしたお手伝いを通じて心をつなぐメッセンジャー、、なんて係りの人に伝えたところで何も伝わらない。ボランティアの紹介ならすでに窓口がありますと言われておしまい。
そんなことはわかっていて、それがうまく機能しない、従って普及しないから問題なのだと説明するのですが…一言で説明せよと言われると結構難しい。
想いを短い募集広告に載せる難しさに降参して昨日は、すごすご引き上げてきました。作戦の練り直しです。
微助っ人クラブって何をするグループ?
はい、微助っ人します!を合言葉にして、気楽に行動するその行為そのものが言葉にできない何かを伝えていくと考えることにしました。
メンバーが新メンバーを誘ってくださって、、現在微助っ人19名!
メンバーが新しいメンバーを連れてきてくれることが何よりうれしい😃
一般の人が…それを区役所の窓口に行く前に微助っ人クラブにその話が来るようになるまでになってくれたらなぁと思います、、今日も偉そうでごめんなさい🙏
一年生になったら友達100人できるかな…まどみちおの「1年生になったら」の歌詞、、思い出した。
微助っ人100人集まったら何が始まるかしら。
常識とか良識とか、現代社会では馬鹿にされていませんか。特に欧米ではそう言える。そういうものを打破するのが近代的で進歩的だと、ほとんどの人が信じているから。この信じ方自体が古臭くて、そういうジャーナリズムの言葉を鵜呑みにしている感じ、自分でいったん飲み込んで咀嚼するとか吐き出すとかいうプロセスがない。
何でも言えばいいってもんじゃないんだけどね。欧米の学校では「討論」というのを重視するので、相手を言い負かす能力は養われても、耳を貸す、とか、冷静に批判する、という風潮はないんですよ、残念ながら。だのに日本のマスコミはすぐ欧米に習え、みたいなことを言うのが、実に腹立たしい。
こういう連中は、おフランスやアメリカに憧れた明治の日本人とあまり変わってないんですね。