7月12日(金)
古着屋で買った小さめのTシャツの両袖をタンクトップ風に切り取って昔のランニングシャツみたいにして着てみたら全然問題なし、、というか快適。
兄がいらなくなっただぶだぶのTシャツも同じようにして袖を取って身に付けてみたらとても快適、メリヤス?は古い方が着心地が良いです。
朝の涼しい間に四つ木御殿の片付けをやっているので身軽な格好で動くのに好都合。
図書館にリクエストしていた本もきた。
哲学史を概観したいなと思っていたのでぴったりの本。そういえば小説のダイジェスト版というのもあったっけと思い出す。ごっつい哲学の本はもうとても読みこなせないのでお手頃。
お手頃に読みこなしては歴代の哲学者たちに失礼かなとは思いつつ僕の頭にはそれようの本があると思い直す、、便利な世の中だ。
昨日は涼しかった、というほどでもないですが焼き芋ルームにいる限り、僕にとっては過ごしやすかったです、、真夏の中休み。
読書もはかがいった、つまりサクサク読めた。だからといって理解がともなっているわけではありませんが、上等な暇つぶし。
昨日読んでいた本。
永遠平和のために/カント/池内紀訳/集英社2015年6月第1刷発行
日本国憲法も国際連合もカントのこの本に書かれた考え方を採用していると言われているそうです。
(カントはケーニヒスベルクという文化も人種も交錯する地域を出ることなく一生を過ごした人だとわかる。
散歩の時間もきちんと決まっていたらしい…カントが散歩するのを見て時計の針を合わせた、という逸話がある位決めた事はその通りにやる人だったらしい)
もう1冊…哲学と宗教全史/出口治明/ダイヤモンド社2015年8月第1刷発行
ちょっと頭の固いプラトンに比べアリストテレスはリアリストだなと思いました、、なんてこの本を読みながら気がついたらあっという間に夕方になっていました…哲学は何のためにあるか、平和的な時間つぶし、、は間違いなくその効用の1つだと思いました。
おまけのもう1冊。
Virginia Woolf /A Haunted House Penguin Modern
Classics
1973年にリプリントとありますので約50年前の本。丁寧に扱わないとバラバラになってしまいそうなペーパーバック。
図書館のリサイクルコーナーに置いてあった本です…暇つぶしというよりはせっかくの美文?の意味がよく読み取れないので頭の体操になってしまっています…あはは🤣
(夕方そろそろいっぱい飲んで寝ようかなと思ったらお隣の方がリフォームするのでご挨拶に見えた。カステラがついてきた。ごちそうさまでーす。
キッチン、浴室トイレと床のリフォーム… 9月中旬までかかるらしい。全面改装。また何百万円ものお金がかかる。またはそれくらいのお金で全面改装できるとも言える、、軸組の在来工法で建てられた建築だからこそだ。自分のことではないのですがなんとなく嬉しい)
あ、びすこさんが前に言及されていたのは…ドレスデンでした、失礼しました😅
ケーニヒスフェルトというのは間違いで(そういう名の町が近くにあるので)、ケーニヒスベルクです。「王様の野原」ではなく「王様の山」。2022年のロシアのウクライナ侵攻までは、ドイツ人は古き佳き先祖の地(プロシア)ということでよくこのケーニヒスベルクに観光に出かけていました。ここはポーランドとバルト三国の間に挟まれた飛び地のようになっていて、ロシアにとっては不便な所に見えますが、戦略的に重要で、特にロシアには少ない不凍港なので、どうあっても手放さないでしょう。ロシアがクリミアに執着するのも同じ理由からです。地球温暖化にもかかわらず、ロシアの港の大半は凍ってしまうらしい。
カントの「永遠の平和のために」はこちらで原本を手に入れたのですが、古い本でものすごく字が小さいのと、ドイツ語が難しすぎて、ひどい頭痛に襲われあえなく沈没。カントが終生暮らしたケーニヒスフェルトは、その後紆余曲折を経て今はロシア領です。しかも名前はカリーニングラードと変えられている。その名親であるカリーニンは数百万の人間の殺戮の関わった人物で、それを町の名とすることはドイツにとってもカントにとっても侮辱だとして、ドイツ人はずっとケーニヒスフェルトと呼び続けています。
ケーニヒスフェルトの佇まいを見ると、美しいもの・心惹かれるものはすべてドイツが遺した建物や設備。これは実はチェコやポーランドにおいても似たような状況です。それらの多くを東欧諸国は戦後にドイツの犯罪の名残りとして破壊してしまいました。ドイツはフランスや英国と違って海外に植民地を持つことは稀だった代わり、内陸の東に進出していったので、同じくポスト・コロニアリズムの弾劾の対象となっているわけです。
皮肉なのはそういう建造物のいくつかが消えて観光業に負の影響があったため、あわてて2000年代に入って復活させているケースがあるということです。
チェコで有名なのはプラハのカレル橋ですが、これはカールの橋で、神聖ローマ帝国皇帝カール4世に因みます。むろんこの人はドイツ人、正確には先祖は今のルクセンブルクの貴族でした。14世紀に世界に先駆けてプラハに大学を設立したのもこの人です。でも大学も橋も破壊されてはおらず、これらが無くなったプラハはもうプラハじゃない、とみんな分かっているので、ドイツへの憎悪もいわば「選択的」なのですね。