5月20日(月)
図書館のリサイクルコーナーに置いてあった「通信文化」という公益財団法人通信文化協会の月刊誌、今年の3月号を見た。
100ページ足らずとは言え、内容充実、どの記事も面白いのでびっくり。
日本郵政グループの社内報って感じ。
政治に物申す直言から何気ない世間話まで網羅している感じがしました。
(ひと頃、派閥は次世代の政治家を育てるところ、というような意見を聞いたことがありますが…そんな政治力学よりは…各政治家が描く正しい政策実行のためのプランが最優先である事は素人でもわかります)
書き手がその道の専門家の寄稿から一般人(一般人は郵政関係の従事者ですが昔の官僚が使っていた民間人とも言いづらい、その言葉を使わないまでも官僚側には意識としては残ってると思う、偏見だったらごめんなさい)にわたっているせいでその振幅の大きさに面白みを感じたのかなあと思いました。
(後ろのほうに俳句や短歌川柳が載っているのもいかにも社内報っ感じがして楽しいです。
俳句も見よう見まねで適当に作っていたら本当に少し面白くなってきて他の人が作ったものも面白く鑑賞できるようになった。
なんでも続けてみるものですね)
2014年に母が亡くなって10年が経ちました。いろいろなことがありましたが良い思い出になりました。本をたくさん読みました。文章もたくさん書きました…駄文ばかり。でも書くことが少しも億劫でなくなりました。
何か意味のあることを書こうとかそんなことがなくなったからだと思います)
この月刊誌に専門家が書く、今問題になっている自民党の派閥の政治に動く金の透明性を厳しく追及し注視していく必要性を強く訴える記事の単刀直入さ、新鮮です。書店には置いてないいろいろな雑誌調べてみたくなりました。
人と同じでなかなか目にできない社内報みたいな月刊誌や雑誌類に注目していきたいと思いました。
半袖の親子凸凹通り雨
孫の手を引いて引かれて夏もよい
この句では情景が浮かびませんね。
お父さんとお母さんに挟まれた中の2人の姉妹が仲睦まじく横一列に並んで歩く様は…凸凹としか言いようがない😅
また、、無理に腰を伸ばそうとして苦労しているおじいさんの手を引いている小学生の女の子… 2人とも頑張ってる…頑張ってないように見せるのに苦労してる2人、、に僕には見えました(自分勝手な解釈をしても誰も傷つかない)。
世間的には…決して強い人ではない2人がドストエフスキー風に言えば全存在をかけて気にかけている…これ以上美しい光景はない。
中原中也風に言えば…汚れちまった僕らには…まぶしいばかりの別世界。
日曜日の散歩は好い風景に出会えます。
なんかちょっと日曜日らしい気分を味わえました。
人生の第4コーナーも、毎日が日曜日であるわけがないのです。
若者と同じように心は揺らぐし、雑念に囚われるし、歳をとって反応が遅くなったのも気がつかずにヘマをする、失言も多い。
メリハリのない毎日にメリハリをつけて行こう。
(やることリストに…雑誌に注目、とメモしました)
2014年、そうでしたね。私は前年の11月にかちねっとに参加したばかり、それを機に恥ずかしげもなく駄文を書き続けて今日に至ります。
今日は日曜日、明日は五旬節の月曜日でやはりお休み、それだけでなんだかのんびりして、おやつを準備しながら考えたこと。ドイツに住み始めて最初は言葉の問題もあり自己表現ができないので、凄くフラストレーションが溜まって、妹や何人かの近い人によく電話していました。そのうちメールを書くことを覚えたのですがやはり物足りない。
それからブログを書き始めたら、それが自分の発言の場になったせいか、友人や親戚と電話で長話したいという欲求が無くなりました。インスタグラムとかキラキラブログとか人の眼にどう映るか、そんなのはどうでもよくて、書くという行為はそれだけでカタルシスになるみたい。誰でもそうというわけではないでしょうが、やはり「発露-Expression」って大事ですよね。