暑かったですね…と銭湯で声をかけられる、思わず、いやむちゃくちゃ暑かったですね…と僕は素っ裸で椅子に腰掛ける青年に答えた。えらいニ枚目の彼、最初会った時…ちょっと丁寧に話しかけたら、、、日本語が分かるらしく…ポルトガル出身だと言う。日本に来て8年だとか。歩いて5分位のところに古い日本式の小さな家があるから遊びにおいでよと声掛けして、堂々と裸を開陳している彼を残して僕は洗い場に、、そういえば…ポルトガルは日本語熱高いと…Bさんがおっしゃっていたなと思い出した。洗い場ではタトゥーを背中一面にした2人の若者がたまに声掛けしあいながら体洗ってた。薬湯には少しハゲかかった金髪の男性が大きな体を小さな湯船につけてリラックスしていた。湯船から上がって今度はおじいさんに一方的にいろいろ話しかけられ、にこやかに応じていた。うーん、国際色豊か。僕は観察していたわけではない。頭のてっぺんから足の先まであっさり体を洗っている間視界に入った出来事です。
読書をしていて気がついたことがある。右目も…かすかに左目と同じように白い画面にわずかだけれど黄色な模様がチラチラするようになった。黄斑変性症とはよく言ったものだ…もちろん当分ほっとくことにした。もう少しもってくれればいいなぁと思いながら。左目の投薬を勧められてから何年ぐらい経ったかな… 15、6年経ってるような気がする。そもそも診てもらったのは緑内障を心配したからだったのだが判明したのは黄斑変性症。投薬は…やり続ける事が必要と聞き…恐れをなして止めたのだった。その間手をこまねいていたわけではなく…進行速度を測っていた。1年後位進行が遅いことを突き止めて当分ほっとくことにして15、6年経ったと言うことになる。なり続く耳鳴りも最近はこういうものだと慣れてきた。会議に出る時は耳が遠いので集音器をこれ見よがしに机の上に置いておくと…周りの人があの人は耳が遠いのだなとわかってくれるので都合が良い。資料を見るときは読書用のメガネをかけ顔を上げるときは運転用(70歳の時免許証返納)のメガネに替える。当分生きていくのに差し支えは無い。耳の聞こえは悪いし目も悪いので人に会うのがとても億劫になってきたけど会議はどこでも座っているだけなのでこれも問題ない。会議に出るのは仕事だと思っている。僕はその行為が仕事だと思うと大体乗り越えられる。
自分でも変わってるなと思うけれど…面と向かってそう言われたのは人生で数回しかない。どうってことない。オリンピックを見ないのだって…僕にとっては普通のことかもしれない。卒業式、成人式、できればお葬式も無視したい方だった。出なくてもオッケーなものは出たことがない。あ、もうやめます…散歩行ってご飯食べます。ちょっとペースが出てきたので…今日も本を読みます。ギタークラブは🎸開催延期と言うことになりました。 Tさんにおことわりして、延期決定の根回しにひねりを加えLINEトーク上で形の上で賛否を取り決定できた…決めつけ…が過ぎたかもしれないがこのとどまることを知らないコロナ禍中で失礼はご勘弁していただくことにしよう。
そうですとも…結局はみんな同じですと僕も思います、、、今まで僕は会う人ごとに、、、60歳以上はもう全て仲間、と言ってきました。仲間は多いですよ… 3人に1人は仲間です、これからもっと増えます… 高齢者の1人世帯もそのうち3,000万位になるんじゃないでしょうか、適当😙こんな時代はありませんでしたね、やっと男も女も1人立ち? 僕はスマホが薄い文庫本を持ち歩くような軽くて、柔軟になった時が次の時代の到来だと思っています。僕よりちょっと上の世代の人がなぜスマホを持たないか…重い、扱い方がわからない、あんなもんに支配されるのはやだ…そんなとこです(僕はパソコンは紙に字を打ち出すときにしか使っていません、スマホから直接プリンターに繋ぐ方法がわからないので…) 頭に何かスマホの代わりになるものを埋め込むよりは文庫本の軽いのを持ち歩く気安さが次の時代を開くと思っています。 自分が誰だかわからなくなったら…スマホを覗き込めば…あなたはだれだれで今どこにいますどこどこへ行きなさい、みたいな指示をスマホからもらえる時代。使い方なんか迷わない、話しかければ良いだけ…母にもそう言い続けてきました…口が聞ければ周りが動く…そういうものを作って欲しいです。ビジネスのサイズが3,000万人分と言うことになれば企業も真剣にならざるをえません…あはは。
視聴覚能力も遺伝的要素があるようで、耳は早々に遠くなったけど眼は最後までばっちり、80過ぎても読書に何の不自由もなかった父親と、耳はずっと正常だったけど緑内障(私の曾祖母が孫・曾孫にばらまいた)で斜視ぎみだった母と、さあ、どっちに近いかな、と思っていたら、眼と耳どちらも父母の中間です。亡くなった妹は母譲りの緑内障、そして生まれた時から内耳炎、わりくって可哀想だった。でも美人に生まれたからそれで帳消しというところ。
もうダマシダマシ生きていくしかないと思っています。ただ、動体視認能力は昔から劣っていて球を追うスポーツは特に苦手だったものの、生きていくのにそれは必須ではないからまあいいや、と思っていたのですが、そうはいきません。車を運転している夫の隣にいて、ナビには出ない細い道などの道路標識を見て指示するのが私の務めなのですが、車の速度が速いとちゃんと読めず(しかも外国語だし)見逃したり間違ったりで、結局引き返すこともあります。
私はもともと運転免許をもっていなくて、周囲からちょっと馬鹿にされていたのですが、この年になると免許証返上という人が多く、ほ~ら、結局はみんな同じじゃん、なんてヘンな慰め方をしています。