昨日、図書館のリサイクル本、下の部屋で読んでたら K さん、K Kさんがやってきた。2階に上がろうとしたら…嬉しいことにぼくと話をするために来たらしい(え?、こんなこと初めてかも)。
Kさんは1時間位僕の話すのを聞いてから、近くのエチオピア協会🇪🇹へ、 K Kさんは2時間位僕の話を聞いてお帰りになった(えらい迷惑だったと思う、ごめんなさい)何を話したか。もちろん今僕が考えていること。空いた土地の有効利用。空いた土地があるとして何に使う?
土地があるかどうかは問題ではない…仮にそういう土地があるとして何に使うかと言う問題だ。近所にも多分古くなって壊さざるをえなくなり虫食いのように空いた土地があるが例よって個人の所有権問題の錯綜によって宙に浮いたままだ。と、ここまで書いてきて…
そもそもその「空間問題」以前に現に僕のこんな小さい家にも「空き空間」がありそこで使うべき「空き時間」がたくさんある、これを問題にしようと今思いついた。ここを自分の家だと思うから話がややこしくなる。有効活用を提案してみよう。気兼ねなく使える、雨露しのげる座り場所、空きオフィス、小さな図書館、ん?図書館?そうだ下駄箱を全てリサイクル本で埋めよう、下駄箱の上も本箱にしよう… 500冊は入るようにしよう、本を読むところ、ぼーっとするところ、気分を変えるところ、瞑想するところ、寺子屋、アコーディオンカーテン1枚を閉めればそれは空間を区切ったことになる、その空間はその時間だけ自分のものという使い方、昔これを考えていたじゃないか…すっかり忘れていた。Nちゃんに相談してみよう。脚下照顧。
今朝の散歩で歩きながら考えました…すぐに三角形の小さな空き地の使い途について相談にのっていただいている設計士にメールを送りました→おはようございます
今朝、千三屋(せんみつや)チェーンと言うのを思いつきまして…つまり1000冊入る防水型の小屋です。第1号店は僕の家の下駄箱です…これをまず改造して1000冊天井まで積み上げたいと思います、ま、私設図書館です、そのうちこれについて会議を開きますのでその節はよろしくお願いいたします^_^
以上。
まずはひとかどの人物の皆さんにこれぞと言うお勧めの本をあげていただき1000冊選んでいただく。1000冊の中から3冊位はその人の今に合った本があるだろう。街のあちこちにこれを作ろうと言うわけです…ボランティアしたい人と金儲けしたい人との合体、あはは。
僕の考えでは…民法と税法の操作でどうなるか試算をできる時代になっているとは思いますが…その混乱が政権にどう跳ね返るか分からないので結局、今のところは穏便に、というか日本的に?無策、負策と言うことなのではないかと愚考いたします。霞ヶ関には頭でっかちな出世主義者はいても日本の将来を立案するビューロクラートはいない、ポリティシャンばかりでステーツマンがいないと言うことではないでしょうか、偉そう😅
「虫食いのように空いた土地があるが例よって個人の所有権問題の錯綜によって宙に浮いたままだ。」
都会ではそういう現象が目立ちますが、実はこれ、日本中にある問題ではないでしょうか。わが郷里の村にも空き家がかなりあって、うちの辺りは海からの距離が少しあるということで(津波の危険も少ないそうで)土地の需要は増えているの、空き家は動かせない、旧住人や持ち主も特定できず、改築もできない。そのため奥の山の方を開拓して住宅地ができていますが、私は地盤が心配です。
昨日友人が、日本の政策は無策ではなく「負策」だと怒っていたけれど、日本全国津々浦々、負策が行き渡っているようです。