千夕報 📎 025
10月5日(日)
贈り物についての暇人のメモ
贈り物…処分に困るほどの大きなもの、心理的にも、重量的にも場所を取るものは渡さない。
最初にいるかいらないかを聞く。
相手を喜ばせたいためにあげるものかどうか考える、、それがありがた迷惑にならないかどうかもついでに考える。
単なる義理を済ます贈答品はやめたほうがいい?僕はそもそもそんなものに付き合う気がない。
贈答は、ステップを踏んで、その人に近づいていく手段、その人を理解する、または探っていく手段ではあるだろう。そういう意味ではやみくもに反対するのも馬鹿げている。
贈り物をしたりされたりする関係が、好きな人とそれをしない生活を望む人は多分同じ位の構成比(例によって適当なこと言ってます)。
贈り物をリトマス試験紙のようにして使う。そのように使うやり方やその効用もあるにはある。
僕の場合はもらって困る場合の方が多い。僕の生活スタイルが決まっているから、それに合致しないものは欲しくない、増やしたくない。食べたくない。全く大人気/おとなげないですよね。
いただきたくないその説明をすることがめんどくさい時は受け取っておいて、次のステップを踏む。その贈り物、楽しむ方法を自分で考えることもたまにはある。あえて人の行為を無にすることないのだから、最初からもらっておけ…まぁね。
僕は愛が欲しいのに、金で済まそうとする君
形だけの贈り物は迷惑、そこに愛がないから基本的に義理を欠くことに平然としていられる僕はそのまま横流しすることすらある。今度ボランティアの互助会グループが発足したので、そこのリサイクルに回せばいいから、その分楽になった。この文章でものをいただく事は少なくなるだろう。
あ、思い出した、、40年位前、バレンタインデーに薄い藤色の半袖シャツをチョコレートに添えてプレゼントされた僕はホワイトデーなるものを知らなかった…いちまるさんはプレゼントのお返しのこと知らないのかしらと噂されていたらしい、後でそれを聞いた。無視した…ふふふ、、形式なんかどうでもいい愛が欲しい❤️
言葉では足らない場合に、そこに何かを付け加える…誠意は言葉と態度とお金で示せ(僕の師匠の言葉)。
結論:何かものをもらったらありがとうと返礼する。これでチャラ、、お礼の言葉を返せばものをもらってもいい?
返礼を期待するものなど、この忙しい世の中に全く合っていない。相手の時間を食いつぶすからだ(反論多数承知)。
お返しのない贈与…純粋贈与…相手が喜ん顔を見て喜ぶ…つまりこれでチャラ。
贈る贈られるの関係に、計算を介在させてはいけない、品がない、、我が母は、それを軽蔑していた。
形だけのものでも世の中の潤滑油位の役目は果たすだろうから、生かした方が良いのでは?
押し込み強盗が…命が欲しいか金が欲しいかと強盗に聞かれたら…あんたはどっちが欲しいのと聞き返せばいい…わが父の言葉
与える事は交換ではない。
時差的な交換と言うものもある…相手が困って助けが必要な時に助ける。逆に自分が困ったとき、相手にその余裕があれば助けてもらう。
中間的な結論:エコマネーさえ介在させない文化を楽しむ。骨の髄までお金に換算する癖がついてる、その癖を修正してゆくために、、
※エコマネーみんなで使い方のルールを考えながら楽しむ
礼儀として受け取る…この辺、さらに考察進めること、相手に恥をかかせない、受け取って差し上げる。これもまたボランティア。
エコマネーを摩擦少なく回すためにはこの取引が例えば事前に区別しておいたABCのどの贈り物に相当するのかを明確に示す…つまり交換取引なのか、感謝を込めた取引なのか、お返しの意味を含めた取引なのか。
感謝を込めた取引ならば、ありがたく受け取ることでチャラ。
交換取引ならば足りない分は現金で補充する。
その他の意味を込めた取引の場合、話し合いで決める、これが考えているよりずっと難しい微妙な問題。
複雑な関係を単純な関係に見える実は複雑なやりとりを簡単な手続きを済ませてしまうことで事態は、紛糾の種を巻き込んでいくことになることに皆気がついていない。ややこしくなり、それぞれの理解が異なってしまう。物のやりとりは、命のやりとりと同じ位緊張感を伴うものだという認識が欲しい、、ちょっと大げさ。
贈り物、単純に考えてしまうと、えらいことになる。
価値観の違いを決定するコーディネーターが必要…つまり取引は仲介者を含めて3人で行う必要がある、言葉の使い方の違い?などの違いをお互いに理解してもらうように、コーディネーターは2人の間を取り持つ、ひぇー、難しい😅
取引の均衡性を保つために、最初の1、2回は必ずコーディネーターに立ち会ってもらう
お金をもらってあげるその人のプライドを保つために、感謝の気持ちを柔らかく受け取るために。
贈り物を交換することによって、何か他のことを求めている場合がある…つまり会話したいという欲求を相手に示すためのサインとか
初対面同士は、コーディネーターによって、相手のプレイグラウンドを明確に示す必要がある。
ただし、コーディネーターが1番注意しなければいけない事は…交換当事者固有のそれぞれのバランス感覚を重視することが大切だと思います。コーディネーターのそれではない。
ギフトに対してありがとうと言われた、、もうそのことでチャラになっている可能性は非常に高い場合があるからです。無理にお返しをして交際がストップしてしまうことさえある。僕はお隣同士の関係でそれを体験しました。
エコマネー通帳は、香典を受けたときの記録帳と同じように、歴史の記録装置として残る。祖先の受けた恩やギリをこの世で返し、バランス を取る仕組み、祝儀不祝儀記録帳と同じ。
くどいようですが繰り返します…もらって迷惑な場合がある。欲しくないものをもらった場合、僕の場合はそのまま隣へ渡してしまう伝言ゲームに変わる。
もう一度言います…欲しくないものをもらうケースは多い…相手はそれで気持ちが済んだと思っている。もらった方はありがた迷惑という場合もある。
贈り物をするという事は、力の誇示にもなる。本人がそれを全く意図しないまでも受け取った方はそう取る場合があるという事。良いにつけ、悪いにつけ、相手にストレスを与えることになるかなり強引な行為とも言える、、という感覚を持つ僕みたいな世間知らずな人間もいるということを覚えておいた方が良いと思いますが、どうでしょうか?
恩を売る、恩を着せる、、マイナスイメージの言葉ですよね。僕みたいな人間はレアケースかもしれませんけど、お話を聞いていただきました。
エコマネーが流通することによって、信頼関係が増していく…それが最終目的であっても良い、、今朝そう思いました。
エコマネーは問題を起こすために使うのではなく、もつれをほぐすために使う、現代が持っている緊張感をほぐすための道具?
循環させることによって、緊張感を緩める効果がある。
エコマネーを使って信頼関係を作っていく事は、未来への投資と考える。
このシステムを流行らせるために必要なものは長期的な視点だと思う。つまり未来への投資と考える。世代をまたぐ間接互酬性?
現世の人間関係の構築も、さることながら、未来の人間関係の構築にも着手していると考える
(その行為は、何らかの信頼関係を増すことにつながっているかどうかを考えることでかなりのことが整理されると思う)
ルールをあえて作らないことには理由がある…個人個人が持っているその人のルールをなるべく尊重すること。バレンタインデーの贈り物は贈ったその時点で終了することにする…それが僕のルールだ。義理チョコ、くだらないけど…人間関係を円滑化することには役立っているだろうけど。
ところで、今日の結論…今までうだうだ、いつもの長広舌聞いていただきましたけど…これからは上記の心配は一切忘れても大丈夫な状況に突然なってしまいました❣️
ボランティアの互助会/互転ぺイクラブがあるからです。もらって自分が使わないもの、鮮度が命のものはさっさと互転ペイで回せばいい😀
(今日も支離滅裂なコメントでしたけど、これも大切な僕のメモです…ご勘弁ください)

