< せこい と ちょろい >
1月20日のブログにクレマチスさんがコメントくださった、その中にあった形容詞です。セコい、、、こせこせしている、からの連想でしょうか。チョロい、、、ちょろっと片付く、、、からかな。せこいは悪口、ちょろいは軽口。
長いこと住宅に関するリフォームをしてきた僕の仕事は…せこい細々した仕事をちょろちょろ片付けていく、これに尽きます。
一つ一つはせこい面倒な仕事でも、せこい細かい仕事は簡単にたくさん見つかる。こなしていくうちにノウハウがつく。そのノウハウを生かし、さらに仕事の効率を上げる。スキマの仕事の強みとはこういうことだと思います。似たような回転率が良い商売として昔からお豆腐屋さんがあります。その日作った商品をその日のうちに売りさばく。事業回転率365日。ただし、朝早くからの仕事は厳しい。
傍目には、ずいぶんせこい仕事をしてきましたが、本人はせこいは細かい仕事をしてる自覚はありません。せこい仕事だからといって低く評価されたら、いつまでも手間賃、工賃、つまり時間単価で計算されて、ほんのお涙金にしかなりません。価値付けしてアピールしていく必要があります。そんなアピールをしている職人は少数派(職人は黙って仕事の出来栄えで勝負する、それでこそ職人)ですがそこのところを丁寧に説明していかないと商売になりません。生活も成り立ちません。
ちょろい仕事、つまり簡単にすむ仕事は楽しいですが油断はできません。いろいろな不具合が加算された結果としてちょろい仕事に見えることもあるからです。いろいろな職人さんの仕事ぶりを見てきているお客さんに、ちょろい人は皆無です。お客の足元を見ているつもりがこっちが見られているのでちょろい仕事だからといって手抜きはできません。昔、勘定方(経理)の試験で、、、1 +1 =?と問われてうかつに 2、と答えた人は落ちて、律儀にもわざわざ算盤を入れ 2、でござる、と答えた人が合格したとかいう話を聞いたことがあります。「仕事に対する態度」の試験だったのですね。僕ら職人は、いつもこんな試験を受けているのだなぁと思っていました。せこい、ちょろい、、、はそういう意味では油断のならない言葉だと思います。
(ところで余談ですが…僕はつくづく思います、日本人は価値付け(エバリュエイトevaluate)が下手だなぁと。人をどんどん評価してきっちりと価値付けを行うことがどんなにか社会を活性化することだろうと常々、思っています。もっとも、表面に現れない、数字に現れない、陰の努力を見抜く力がなければ価値付けはできないと思います。今日はちょっと職人風を吹かしてみました😅)
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形容詞マニア いちまる 1月29日
形容詞マニア いちまる 1月29日
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恐れ入りました、達意のコメントとお心掛けに、目が覚めました、はい、気持ちよく😅
でも「せこい」っていう語からは、ずるさが感じられませんか。特に悪質ではないけれど。実直でさえあれば、些細な仕事を依頼する人と受ける人の間には通うものがありますよね。小さな安心、かな。
日本滞在中にはずいぶん細かい雑多な仕事を頼みました。庭に面して庇の下の少し高くなった箇所に長雨で一部穴があき、苔まで生えている。電話でどう説明していいか分からないので拙い日本語でくどくど描写したら、「あ、<洗い出し>ですね。やり直しましょう。」もう一か所、北側の似たような場所が年々擦り減っていく。これも同じく変な説明しかできない。すると相手は「イヌバシリ(犬走)の作業なら左官の○○を派遣します。」
洗い出し、犬走・・・ちょっとだけ日本語の語彙が増えちゃったわ。
ちょろいといえば、パソコンのマウスが機能しなくなったので、町のヤ××電機に行って見てもらったら、電池を取り替えたとき+と-を反対にしてた。「あ、これは逆です」とすぐ直してくれて、そばに一緒にいた近所の男の子(70歳近いけどずっと弟分なので私にとっては「子」)は、ちょこざいにもそっぽを向いて笑いを隠す。こんな客は電機屋には「ちょろい」ですよね。その気になれば修理するふりしてテキトーな額を請求できる。正直者の店員さん、「お代は結構です」と言ったけど、次回もありそうなので、わずかながら手数料を渡しました。