12月28日(木)
ポイ捨てを止める、止めさせるグループに参加していまして、、LINEを使って今晩8時半からグループ討議をすることになっています。皆さんは僕が早寝なことをご存知で…がんばって8時半まで起きて討議に参加してくださいと主催者から言われました。少し辛いかなと思います。
最近は本当に寝ることが楽しみになっています。特に冬はぬくぬくとした布団にくるまって早く寝たい気持ちが強いです。
寝るほど楽はなかりけり…浮世の馬鹿は起きて働く、、だいぶ昔、母から聞いた言葉です。一生懸命やることやって体を動かせば…後は寝るだけ、、これを貧しい日常と見るか充実した日常と見るか、が分岐点。要は気の持ちよう。
気の持ちよう、と言えば…通っているプールにも世間がありまして、あそこは世間が丸出し。
丸出しなのは世間だけではなく、体も丸出し、隠しようがありません。
体型がくたびれている中年から高齢の人がほとんど、そしてそれが正常で普通、それ故、気楽な社交場となっています。
泳いでいる人たちよりも水中で歩行練習をしている、あるいはジャグジーでゆったりと体を癒している人の方が多い。もちろん体を動かしながら口も動かしている人がほとんど。年寄りが佃煮にする位多い、、と言うのはいつか聞いた落語家のセリフ。
僕がプールで会う人ごとに言う言葉は…ここにこうして歩いてこられる…ここでこうして体を動かしていられる人はエリートです、です。僕が全くその通りだと考えるこのことを伝えて納得しない人は皆無です。
後は死ぬだけ…あそこは多分極楽の予行演習場だと思います、極楽で寝る練習場…あはは。
(本当はああいうところに来られない人こそ話題にならなければ「つながり」の1番肝心なところを無視することになることに気がつかなければその社会の底の浅さ、浅はかさを露呈していることになるんですね)
「基準」なんてものがあったら人間は今まで生きながらえなかった、と今思いました。 どうしてそんなに痩せてるの…折れてしまいそう…とあるマダムに言われても、、僕自身何とも思わないように過剰にふっくらしていても何とも思っていないと思います。 悲劇にするか喜劇にするか…本当に本人次第なんですね、だったら愉快に暮らしたものもの勝ちですね😅
プールで世間が丸出し、なるほどね、だから私はプールで泳いだことがないのです。というのは嘘、永い間医師から水泳(体を冷やすこと)を禁じられていましたので、15歳以降は泳いだことがなく、従って水着姿になったことがない。若くて今よりましな時期も自分の体を見せるのは厭だったから、今は一層抵抗があります。こちらオーストリアなどのきれいな湖で物凄いデブのおばさんたちが堂々と泳いだり日光浴しているのを見ると、えらいなあ、ああでなくちゃ、と思うものの、遅すぎます。