11月18日(土)
※アメリカボストンの亜紀が在籍する大学での授業の断片
1965年 初夏…ボストンの初夏はカラッとしている。亜紀はこの季節が1番好きだ。
ポール・マッケレル先生はちょっと興奮している、いつものようにだ。社会学の講義がいつの間にか大きく脱線し始めた。
学生たちは気がついている、お茶目なマッケレル先生がまたちょっとした芝居をしているのだと、。
いいか、君たち、僕は君たちに言っておきたい、人間は逃げることだってできる、例えばいま、アメリカが介入しているベトナム戦争だって…
そんなのアメリカ人じゃない!
今アメリカは共産主義の横暴を止めるために南ベトナムで戦争の応援をしている、そんな男は許せない、敵前逃亡だ、、と、優等生のメアリーはわざと授業を盛り上げる役割を買って出た
そうか…メアリーは自分の恋人が戦争に行くのに賛成なんだ
それとこれとは話が別です。架空の話には興味がありません、とメアリー。
でもアメリカは今共産主義の脅威を阻止するためにベトナムへ応援の兵隊を送っています。共産主義が拡散すると考えてのことです。
それは架空の話ではありません、、と別の学生が答える。
先生は教室が次第に乗ってくるのが分かった。
それではみんなに聞くけど共産主義は拡散すると思う人?
2、3人が手を挙げる。そのうちの1人の発言…貧乏な人がいなくなるからです。
アメリカには貧乏を脱出する手段はいくらでもありますよ、と他の生徒。努力と才覚でいくらでも生活を向上させることができる。私のおじいさんやおばあさんはそうやってヨーロッパからアメリカにやってきて今の財産を築きました。
メアリーはその発言に力を得て…アメリカは建国以来どこの国にも負けていない、正義はいつか必ず勝つのです。だからこそたくさんの犠牲を払いましたがアメリカは今度の戦争に勝った。
ごめん、メアリー、仮に…全く仮にの話だけど…日本もドイツも今回の戦争中に原爆を開発していたという話は知っているよね、もしアメリカより先にドイツか日本が原爆を開発していてアメリカ本土を原爆で爆撃したと考えてみてくれ
恐ろしい話だよね…でもありえない話ではない。ほんの20年前の話だよ。
力を持ったものが正義、というのが歴史の通り相場だが、日本やドイツが今回の世界大戦を制したとした場合…悔しいが彼らの正義とやらが堂々とまかり通る。
アメリカは建国200年と言うがアメリカ大陸が発見された、という言い方は我々の都合の良い言い分だ。
そこにはちゃんと先住民がいて彼らのルールで生活していたわけだ、6千年前から。
その意味では我らが祖先は、先住民の彼らを追いやった。彼らのルールは無視された。彼らが弱かったから。彼らの声は無視された。まあ、それはそうだがそれはすでに遠い昔の過去だから、今さら誰に責任を取らせるわけにもいかない、しかし歴史は書き換えられない、、マッケレルは自分に言い聞かせながら授業を進める。
少し目先を変えてアメリカの最近の目まぐるしい動きを見てみよう、正義と正義の戦いという意味だ。
3年前の1962年10月ソビエトとアメリカはキューバを舞台に第三次世界大戦の危機を味わったよね。本当に怖かった。そして1963年の夏にキング牧師がアメリカ独立宣言の自由と平等を特筆すべき平和的な大行進の後に演説で再確認させてくれた、僕は感動したよ。
それなのにキューバ危機を回避し世界を救った、と僕は言いたい、、世界を救ったケネディ大統領が暗殺された、なんてこった、、結果的に彼が命を張って掲げた公民権法がジョンソン大統領の下で議会で成立した、、記憶をたどるようにマッケレルは自分がしゃべった一言一言を噛み締めていた
自由の国アメリカはアメリカのルールで強く結束する。自由を脅かすものとは戦う。
ところで…僕らの国はもう一つの自由も認めている。自由の国には人を殺さない自由もある。
教室はマッケレルが何を言いたいのか、この議論をどこに誘導したいのか、察しはじめていた。
メアリーは真っ向から反論する…ゲームにはルールがある。負けられないゲームに不参加は認められない。それは国民の義務です。
負けられないと思ったから日本の若者は戦闘機に爆弾を積み込み自らの命と引き換えに自殺戦闘機爆弾となって戦艦に体当たりしていった。これは間違っているのでしょうか?何を好き好んで自分の命を投げ出すものがいるでしょうか?それは義務だったからです、メアリーは泣きそうであった。
一個人は国家と戦う権利もある。その発言を封じる事はアメリカらしくない。それがアメリカだと信じています。それがアメリカ人だと誇りを持っています、とマッケレル。
だから僕は徴兵拒否もまたわれら国民が持つ権利だと主張したい。
亜紀は話を聞きながら…この討論の中に女がいないと思った。自由の旗を掲げて戦う女がいない。戦場で敵を殺すのはいつも男だ。
アニーよ、銃をとれ、、と言うテレビ番組を思い出した。
それまでじっと黙って討論を聞いていた亜紀が手を挙げた。
さあ、今日もいちまるさんが俎板に載せて下さった食材を種にいろいろお喋りしましょう。
まずJFK。私は60年代から既に、この人がアメリカで英雄か王子様のように崇められているのが不思議でした。だって、冷静に歴史を見てみると、ベトナム戦争を始めたのはこの人ですよ。それをジョンソンが継承したので、彼のせいみたいに言われるけどジョンソンさんは先任者の路線を受け継いだだけでしょう。それからキューバ危機もこの人が余計な介入をしたからで、神童といわれた冷酷マクナマラの協力でなんとか事無きを得たけれど、自分が火をつけて自分が消す、まさにマッチポンプの典型じゃありませんか。
そもそもこの人の一家がろくな死に方をしていないのは、きっと巨万の富を成したお父さんの代によからぬことをしていて、多分マフィアなんか裏切って恨みを買って、それで兄弟は暗殺されるわ、息子は自家用飛行機の運転を間違えて死ぬわ。ジョン・Fさんの暗殺については公開できないことが多すぎ、何年か経って情報がsanitize(無害化)されたら発表する、なんて言っていましたけど、一向に事実が知らされないのは、今に至るまで影響を受ける度合いと範囲が広すぎる、ってことなのでしょうね。
それでもJFKが伝説化されているのは、自由平等共和国の単純アメリカ人に「王朝」とか「貴族」なんかへの憧れがあるからじゃないでしょうか。国民の多くは、みんなが平等なんて実に詰まらない、と思っているみたいですよ。
この方が阻止した共産主義の拡散、若い頃よく「封じ込め政策」なんて言葉を聞いたものです。他国への介入というなら、ソ連もウクライナに侵攻していますが、アメリカからベトナムは遠すぎて、やはり条件はかなり不利だった。シリアやイラクも同じ。ロシアだってアフガニスタンを攻めて大失敗している。
そのロシアのウクライナ攻撃はNATO拡大を防止するためなので、これも封じ込めを意図していますが、NATO加盟国がどの程度妥協するか、それがポイントですね(ふふ、エラソウ)。それと、日本人には分からないようですが、旧東欧つまりソ連の衛星国だったポーランドやチェコなどは、いつまたロシアの属国にされるかもしれない、という恐怖が強く、だから「攻められないよう、NATOに入れて頂戴」と頼んで来たのであって、アメリカのごり押しもあるとはいえ、プーチンがいうように欧州諸国が悪いわけでもないと私は思っております。え?不可侵条約?ロシアとその西側の国々と?そんなもの、誰が信じまっかいな。
先住民問題も昨今は新たな局面を迎えていますね。わりと最近、オーストラリアの新政府(保守から進歩派に代わった)がアボリジニなど先住民、いわゆるoriginal inhabitantsの待遇をめぐって彼らに有利な制度を設けようとしたのですが、国民投票で拒否されました。一時はカナダ、アメリカ、オーストラリアでは先住民は善、欧州からの後世の移民は悪、みたいに言われていましたが(ニュージーランドはマオリなど先住民の割合が非常に少ないので問題になっていない)、これらの国々で保護策・優遇策をとればとるほどアル中や犯罪者が増えるという現実に、どの国も行き詰まっているようです。
オーストラリアでは長く白豪主義というのが幅を効かせており、アジア・中東などからの移民は拒否されていましたが、人口密度の少ない国で新たな労働力は必要だし、それこそベトナムの戦火や中国での迫害を逃れてきた人も多く、彼らはよく働くというので今ではオーストラリア人になり切っています。しかしながら、よくあるように、こういう人たちの方が先住民問題には厳しい。自分たちは努力し同化してここまで来た。あんたたちも真面目に働いたらどうだ、というんですね。
すると白人の中には、こういう黄色や茶色の人たちがのし上がるのを快く思わない人もいて、「善意の白人」として先住民に優しいふりをする。ところが人口学的にアジア系が増えているので、今回の住民投票では進歩派の優しい白人の声はかき消されてしまった、というわけ。
すっかり長話をしてしまってごめんなさい。